「キリストは楽しいお兄さん♪」のお話ですが、私の想像していた以上に長くなりそうです…。
2006年当時の記憶をまとめたノートを見ながら、忘れた箇所についてはイエスに確認を取りながら、最後まで書いていきたいと思います♪
ご興味のある方は、どうぞおつき合いくださいませ♡
「キリストは楽しいお兄さん♪」
第9話〜神の愛、人間の愛〜
ローマ帝国の支配下にあったイスラエルでは、大勢の人々がローマ軍によって家を焼かれ、住処を失った。家族を失った者、親を失って餓死寸前となった子供たちが、イエスの家に救いを求めて訪れた。イエスと弟子たちは、彼らに食べる物を与えたり寝る場所を提供したり、話を聞いたりすることで力づけた。イスラエルの民は、生きる希望を失い、精根尽き果てていた。
イエスは、癒しの力で病や怪我の苦しみから人々を解放し、ユダは、神や天使の言葉を伝えることで、絶望の闇に沈んだ者たちに一条の光をもたらした。
彼らの家からそう遠くないところに、重い病で臥せっているマルタという名の少女がいる。数年前に母を亡くし、年老いた父親が彼女の看病にあたっていた。子ども好きのユダは、マルタに毎日のように会いに行った。河原に咲いている花を摘んで持っていったり、天使や精霊の話を語って聞かせたりした。少女は、熱を帯びて輝く瞳をさらに煌めかせて話に聞き入った。神の使いである天使の話は、つかの間、彼女を苦痛のない天の国へと連れて行ってくれる。
「ねぇ、ユダ様。わたし、天使を見たことがあるの、信じてくれる?」痩せた頬を紅潮させながら、マルタはささやくように言った。父親がそばで聞いていないことを用心深く確かめながら。
「もちろん、信じるよ。もっと小さい頃、マルタは天使とよくお喋りしたね。」そっと、体から落ちかけた粗末な蒲団を掛けなおしてやりながら答える。
「やっぱり、ユダ様なら分かってくれると思った。あのね、お母様もお父様も、マルタは夢を見ていたんだね、って言ったけど、違うの、ほんとに見たの。」
「そうだね、うん、分かるよ。」やわらかな笑みに勇気づけられるように、マルタは話し続けた。
「天使は、自分たちの姿を見たり話を聞いたりするのは、たやすいことだって。ほんとは誰にでも出来るんだけど、年を取れば取るほど、忘れちゃうんだよ、ってそう言ってたわ。」
最後の言葉は、彼女の咳によってかき消された。興奮しすぎたのだろう。ユダは、もう休む時間だと思い、別れを惜しむ彼女の家を後にした。
家の土壁を背にイエスが待っていた。ユダは徐ろに頷くと、師に寄り添うように歩き出した。
「あの子、ユダのことが好きなんだな」
ユダがイエスの愛を受け入れてから、二人の距離は縮まっていった。互いが互いにとって、なくてはならない存在だということはユダも認めていた。
「先生のことは尊敬しているし、心からお慕いしています。しかし、今のまま一人の弟子として置かせて頂ければ、十分なのです。何年も前に、神にすべてを捧げると誓った身。その時、私は、女性であることを捨てたのです。一人でも多くの人に、愛や光について伝えたい。」
「神の国にいたる道は、ひとつではない。人間同士が愛し合うことでも、道は拓かれるだろう。」
ユダは、しばらく考えこむように黙り込んだ。真面目すぎる彼女には、師の考えは詭弁のように思えた。肉体を通じての愛など、無意味なもののように感じていた。一体、欲求欲望のはけ口とどう違うというのか。所詮、先生も、ただの男に過ぎないのかと失望すらおぼえた。過去に受けた凌辱という体験は、彼女の男性への信頼を、一瞬で切り崩してしまっていたのだ。
「精神的な愛こそ、最も崇高で美しい愛の型です。私には、男女間の愛は必要ありません。神の愛、一筋に生きたいのです。」
「ユダは純粋すぎる。しかし、純粋さは、時にひとの心を傷つける刃となりうる。」
僅かにうなだれたような様子を見て、ユダはやさしく言う。
「あなたは、素晴らしい方です。私には勿体ない。このような、一見、男か女かさえ分からないような人間を相手にしなくても、もっと相応しい女性は山ほどいることでしょう。あなたは、村中から尊敬されている、素晴らしい先生なのですから。」
「世界中の賞賛よりも、私は、そなたの愛の言葉がほしい。」思わず嘆息をもらす。
「そなたは、あくまで神の愛に生きるのか。では、我が恋敵は神というわけか。見ていなさい。いつかきっと、神をも超える愛をそなたに贈ろう。」
遠く、霞がかった空を見上げるイエスのまなざしは、雲の上の見えない、いのちの根源である無限の存在に向けられていた。あたかも、その見えない相手に宣戦布告でもするかのように熱く燃えていた。
父親の如く慕ってきた師の一途な態度を、まるで小さな子供をなだめるような気持ちでユダは受け止める。師弟関係は度々反転し、ユダがイエスを諭すことも多々あった。
「全知全能の神の御業を超えるなど、私たち人間には不可能です。先生も、普段からそう仰っているではないですか。・・・では、子ども達がお腹を空かせて待っているので、お先に失礼します。」
足早に家路を急ぐ背中を見つめながら、イエスは、ある映像が頭に浮かんでいた。
飛び交う悲鳴、怒号。群衆に囲まれて、全身血にまみれた人物の影が、十字形となった木に括られている。果たして、それは人類にとっての祝福なのか。それとも・・・。
「先生、お帰りですか?」弟子の一人、ヨハネの朗らかな声が飛び込んできて、ハッと我に返った。
ヨハネに聞こえないように、小声で独りつぶやく。
「またか…」
ユダに出会ってからというもの、未来を予知したかのようなある映像が、時折、イエスの脳裏をよぎるのだった。
第10話に続きます♪