どうして私のような人間に、天使が見えたりイエスが見守ってくれたりするんだろう、と疑問だった。
生きている価値さえないのではないか、と悩んだ期間が長かったから…。
そんな私に、天使たちは『そのままで素敵。大好きだよ。』と語りかけてくる。守護霊のイエスも『そなたを永遠に愛してる。』と言う。
イエスの愛は、天使たちの愛とは微妙に違う。男性としての愛が混じっているのではないか、と彼が現れた時から感じていた。これって、自惚れなのだろうか？
私は聖母マリアのように崇高ではないし、完璧な人間でもない。ごく普通の人間。そんな私に対して、どうして、彼は「愛してる」と繰り返し言うのだろうか？
「二千年前と同じことを、そなたは言っている」とイエス。
そうだったのか…。
確かに、そうかもしれない。
ユダは、子どもの頃の悲しい出来事が原因で、自分に全く自信がなかった。生きている価値すらないと思っていた。
そんなユダを変えてくれたのが、イエスだった。
第８話〜傷ついた女性性〜
亡き兄の名前をもらい男性として活動を始めたユダだったが、寝食を共にするうちに、他の仲間たち（弟子たちを含む）は、だんだん、ユダが女性だということに気づいていった。当然といえば、当然の流れだった。
ローマ兵に襲われたことや自分を助けようとした兄が亡くなってしまったこと。その後、産んだ子供と引き離されてしまったこと…。ユダの心は、深い深い、傷を負っていた。
女性として生きることは、ユダとしては苦しみでしかなかった。‘男性’として振る舞っている間は、その痛みから逃れることが出来た。
自分自身が大きな傷を負っているのに、そこから目をそらし、他人の悩みや苦しみに寄り添っていた。癒しを必要としていたのは、ユダ自身なのに。
そして、ある日。
「自分を犠牲にして、他人の世話をしても意味がないだろう。」とイエスに言われてしまう。
イエスは、初めてユダに会った時から女性だと見抜いていた。
誰にも言われたくないことを師に指摘されて、ユダは、ひどく動揺した。その慧眼で、勝手に秘密を見透かされたと感じて、恥ずかしくなった。
思わず、「私のことは放っといて。構わないでください。」と、彼に向かって怒りをぶつけた。
悲しかった。
イエスだけは、そっと黙って見守ってくれるものと思っていた。それなのに、最も触れられたくない事をわざわざ指摘してくるなんて…。
絶対に許すものか、と密かに決めた。たとえ先生だって、言って良いことと悪いことがあるのだから。
それ以来、ユダは師を遠ざけるようになった。仕事に関すること以外は口を聞かず、彼が何か話しかけたり近づいて来たりすると、さり気なくかわしてその場を離れた。
ところが、イエスは、ユダが洗濯をしたり洗った物を干したりしていると、どこからともなく現れて、その様子をニコニコと笑みを浮かべながら眺めているのだった。その視線を痛いほど感じながら、ユダは精いっぱい、見て見ぬふりをした。どこまでも頑なに意地をはって、無視を続けた。
すっかり意固地になってしまい、許すことがなかなか出来ずにいた。
ある時、ユダは一人、皆が食事をした後の片づけをしていた。
しばらくすると、またもイエスが現れた。その気配を背中で感じていたが、いつものように黙って片づけを続けた。すると、
「ごめん、ユダ。許してくれ。」
そっと後ろから抱きしめられた。
『愛してる』
同時に、イエスの心の声が聴こえてきた。
「ほんとうに？」
あれだけ頑なになっていたユダの口から勝手に言葉が出てきたことに、彼女自身、驚きながらもこう聞いていた。
「本当に、私を愛しているのですか？」
子どもの頃、愛を誓ってくれた兄は、帰らぬ人となってしまった。もう二度と、あんなことには耐えられそうもなかった。傷ついた心は愛を頑なに拒絶し、二度と再び受け入れることはないだろうと思っていたのに…。
「心からそなたを愛してる。」
「何があっても、私のそばにいてくれますか？」
微かに震えるユダの頬を一滴の涙がつたった。
「ずっとそばにいる。」
黄昏の光が家中を満たし始め、イエスとユダの影をひとつに映し出していた。他の弟子たちの笑い声が近づいてきた時、影はふたつに別れた。
以来、二人は密かに愛しあうようになった。
第９話に続きます♪
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