帰り道、柿本は名前を聞くのですが、発音できない名前らしく「きみ(君)」と呼ぶことになります。途中、柿本は仲睦まじそうなカップルを目にし、「ね…ねえ。じゃあこれから…家に帰ってからも一緒に話できるの?」と聞きます。「そうね、そうよね、これからずっと一人じゃなくなるのよね」。それを聞いた柿本は、顔を赤くし、「やったやった」と駆け足になります。 

「きみ」は寄生した人間の体を自分の体として借りることができるようで、鏡の前に連れて行くように言い、柿本に鏡の前で目をつむらせます。すると髪が伸び、顔が女の子になります。体を借りた「きみ」は、物を触り、「硬い……硬いっていうんだ…これだ」と言います。そして、髪やほっぺなど体を触り、「さらさら」「わあや~らかい」など感覚を確かめていきます。「きみ」の顔を鏡で見た柿本は「か……かわい~んだな~」と言います。しばらく「君」は柿本の体を借りて校舎内を歩きます。「自由に見たい方向見れるなんてウソみたい」と言い、風を肌で感じ、壁にぶつかる感覚を確かめます。

 ここで「君」は、私たちにとっては当たり前で特に意識されることのないことを非日常的な感覚のように確かめていますね。日常か非日常かは、その人がどのような状態にあるかによって異なるということです。離人症などにおいて、普通の感覚が分からなくなっていた状態から、「硬い」などの日常の感覚を感じられるようになるのは、非日常的な体験と言えるでしょう。
 されさて、「君」と柿本がそんなことをしていると、「こいつ絶対変だぜ…」「(女の顔なのに)ズボンはいてるしな」と学校の生徒に声をかけられ、不思議なものを見るような視線を浴び、逃げ出します。「なんか……こわかった~あたし人間の体してても友達できないんんじゃないかな」「ぼくがいるじゃない……」「そうね…2人で努力して友達をつくっていけばいいよね…」「う…うん…」。「きみ」との二者関係に閉じこもろうとする柿本にとっては、はがゆい返答であったようですね。

教室で柿本は幼なじみの矢代に「中二にもなってアニメなんか卒業しなよっ。もうちょっとマシになるから」「とにかくさっアニメとか人間じゃないモノじゃなくて、生身の人間とコミュニケーションできるよ~にしなさいっ」と言われ、家に帰り、部屋のポスターなどを破き始めます。そそいて、「きみ」に向かって、「おまえなんか人間のマネしてるだけなんだろ」「人間以外とはコミュニケーションとりたくないんだよっ早く出てけよっ!!」と言い放ちます。思春期の心の不安定さというか、柿本の心の脆さというか、さっきまで仲良くしていたのに自己中心的ですね。

「きみ」は「出てったら死んじゃうもん…」と言うのですが、柿本は「うっうっ」と泣いてばっかりです。「きみ」は、「わかった……出てくよ……」と、柿本の部屋にある馬のオブジェを手に取るように促し、柿本がそれを手に取ると、馬のオブジェがトコトコと動き出すのですが、すぐにパタっと倒れ、喉を詰まらせ息ができなかのように口をパクパクさせます。それを見てはっとした柿本は、「ごっごめんっはやくっ今すぐ戻ってきてっ。ぼくどーかしてたんだ。もう絶対出てけとか言わないよ」と、再び自分のもとに「きみ」を戻します。