いらっしゃいまし
ぽっけの今ここ日記でございます![]()
朝からどんよりな長女(20)
昨晩はこの半年間ほどの思いが溢れて
大変な時間を過ごしたみたいです
課題は仕上がっていないし
いよいよ学校へは行きたくない
私はいつも通りに過ごし
「課題せずに登校したことないもんなぁ」
という声掛けも普段通りのことで
長女は朝食を食べながら
昨夜の状態を話しつつ
「休みたいけど
課題できてないのが理由で休むのってダサいやん」
と課題の内容や困っていることを話してくれる
課題はどう考えてもできそうになく
語りは
先生にどう伝えるかのシュミレーションに入り
ついでに別件として
退学の相談をする計画へとなっていった
そして
あ~~嫌だなぁ~~~
と言いながら登校しました
結果
課題に関しては
・できていないことを伝える
・いつまでに提出するかを伝える
・講師と友人にアドバイスを求めて仕上げる
というお手本のような対応ができ
「課題が間に合わない」初体験は
とても優秀に長女らしくやってのけたな
と思いました
退学に関しての相談も
・退学の流れを知れた
・自分の現状や不確実性を伝えられた
担任も担任目線で長女を気にかけてくれていたみたいで
課題を免除するわけにはいかないけど
やり方を工夫する提案はあったみたい
SOSが出せることを評価されたのも
フリースクールでの体験のおかげだと
過去の体験と関連して自信に繋がったように思えました
不登校を経験すると
社会性を身につける機会が相対的に少なく
こういった体験を
これから積み重ねていくことになる
真面目で失敗が怖くて慎重になるから出れない
というところも大きかったと思う
何を「失敗」とするか
私自身にも言えるが
果たしてそれは失敗なのか
失敗であってもリユースできないものか?
別の価値観で試みたり捉えたりすると
狭義では「失敗」かもしれんが
人生の1つの要素として組み込まれるなら・・・
そう思えるようになると
まぁ 何があっても大丈夫なんじゃない?
なんだよなぁ