脳内とノートだけの秘密にしておくと、

安心するけどいつまでも、変に構える気がする


それは、多分私の隠したいことだし

よく見せたい部分だからだって、すっごい自覚してる


でも、書くとやっぱり恥ずかしい

あーもー!こんなはずじゃなかった!!

一生懸命やってきただけなのにぃぃい!!

って思う



あとは私がずっと世界はとにかく冷た過ぎて

この世界の人たちは、母と同じで母の代弁者だ

と信じていたのもあって、

まだ、自分の思ったことをこうやって外に出すのは怖いところがある


自分以外に知られることは、怖い

それでも出してみようと思うし


これ以上自分の中に留めて、

よく見せようとするのも限界で

アウトプットして終わりにしたいって気持ちもある


正直ちょっと、

もう、どうにでもなれーーーーーーー!!!

かな



そんなわけで!(どんなわけだ?)

今日は、私の気狂い育児について


私が長男を産んでしょっぱなに躓いたのが

長男が母乳を飲まないこと

でした


おっぱいを吸う、と言うのが苦手だったみたいで

哺乳瓶ならごくごく飲んでいたのを

母乳信仰者だった私は、大問題に仕立て上げました


1人眠れない、1日に何度も搾乳で疲れる

搾乳するから消毒なものも増える

不安が爆発してメンタルガタガタ

母乳信仰者のよくあるパターンをしっかりやりました



長男の育児は「?」だらけでした

それは後になって「ASDの特性によるもの」とわかるんだけど

私が目指していたのは「みんなと同じ」「ちゃんとした母」なので

あらゆる事が大問題


顔を見て笑わない

喃語を話さない

辺りは、助産師さんや保健師さんに相談すると


「話しかけが少ないんじゃない?」

「まだ赤ちゃんだから、気にしないでお母さんがリラックスしていた方がいい」

と大体お答えを貰うんだけど


私の耳は「話しかけが少ないんじゃない?」

→私の接し方に問題や改善点がある!

ばっかり受け取っては、せっせと話しかけをしていました

↑この本も買った

喃語がないから目安に当てはまらないしで

もー、不安を大爆発させておかしくなりながら

毎日を過ごしていました


リラックスする、とか、安心した気持ちでいる、とか

当時は出産前からもやったことがないので

ほんっとに意味不明で

「この状況でどーやってリラックスするのー!?」

と却下してました昇天



その後も私の取捨選択はこんな感じで、

自分に足りないもの、自分のやり方を改善できるものばかりを採用して、


気にしないとか、待つとか、リラックスする、とか

を意味がわからん!と却下していました



自分はダメで間違ってるし、

知らないと言うのは足りないこと、と本気で信じていたので

とにかく付け加えることばっかり考えていました


足りない、足りない、足りない、足りない

っていう欠乏感がハンパなかった



だから基本的には、

長男にも次男にも、足りない前提で接して

誰かに相談をしてはその時足りないと思ったものを加える

という、子供のことガン無視で

ただただ自分の不安を解消して、安心するためだけに

子どもたちに接してきたり、結構強引に押し付けてきました



今では子どもたちの特性からくるものなんだ、

特性によってこんな風な行動を取るんだ、

とわかることが増えてきたけど


数年前の私は、

結局「障害」も「特性」もただ受け入れたくないだけでした


障害があることが問題で、

それを何とかして、みんなと同じようにできるようにしなきゃ!

と思っていたから、障害もその特性も敵でした



ずっと障害を受け入れたくなかったから

(表面的には受け入れているフリ、理解しているフリをしていた)

結局私が聞いていたアドバイスは、

感情の子ども向けのアドバイスばかりで


それを長男の特性にやってしまうと、

逆効果なこともたくさんありました



例えば、もしかしたら長男はひとりで遊びたかったかもしれないのに

(小さい頃はどんどん1人で遊べるタイプでした)

私がガンガン干渉して1人遊びが苦手になってしまったり

→人の干渉や人といないと不安になるようになった



ひとりで行動する長男に対して

ふれあいが大事だと言われて、

ひたすら接触を取ろうとし続けたら

ちょっかいをかけまくるとか、不安な時に

次男に抱きついて自分の不安を解消させようとする行動になったり

(これがまた、一方的で次男とのケンカの元になる)



それこそ、私が一方的に話しかけをしまくったのが

不安時は特に長男はマシンガントークだし

最近は次男も輪をかけてマシンガントークになる

など



これだけ見てると、それもまた普通の子供と同じなところもあって

何とも言えないなと思いつつも



私が不安から行動しまくって

子どもたちを混乱させ続けてきた結果が今なんだなあ

と、自閉の勉強を始めてからよーくわかった



1番大事な「母」の私が

ずーーーっと不安で落ち着かなかったのが

今では本当に害悪過ぎるのも、やっとわかったくらい

ずっとショック状態

ずっと不安に飲まれまくり

我を失い過ぎ

そんな状態で何年もいました


思い返すほど、

私の「非ダイヤ性」が全部をおかしくし続けていました



子どもは完璧なはずが、

自分と同じにならないように、どこか欠けているとしか思えなかったし

欠けているから注ぎ足そうと躍起になったことと



子どもの寂しい、悲しい、怒るなどの

ネガティブな感情に自分が反応し過ぎて

「寂しくさせてはいけない!」とスイッチが入り

更に過干渉が増えていくパターンは定番


ネガティブな感情を子供が感じているのに耐えられなくて

子供のご機嫌取りや、私の介入で事を解決させたり

泣き止ませることやケンカなどで怒ること、

パニックや癇癪で泣き叫ぶことも手を加えまくってきました


この自分のネガティブ感情が消化していないから、

子どものネガティブ感情に引っ張られる

引っ張られては耐えられなくて、私が行動化すること


この2大センサーがとにかく強くて

あれもこれも介入、過干渉、果てには怒り出すし

子供のことを怒鳴ったことも叩いたことブチ切れたことも何度もあります



そして、今

やって来たことが答えとしてちゃんと反映されてます

それをやって来たのは、私です



母親とはタイプが違うところもあるけれど、

ちゃんと母親と同じか、それ以上のキチガイっぷりで

ひとりずっとずっと暴れまくってきました

それが、私です



それくらい、ずっと悲しくてずっと寂しくて

自分に価値なんて見出せなくて

自分が悪い、間違い、ダメだって信じてきました


自分にも子どもにも足りないものを足して

完璧な姿になったら、

お母さんに、社会に認めてもらえるんだ

お母さんにも、社会にも仲良くしてもらえるんだ

と思い込んでいました



でも、うちの母親はともかく、

世界は実はずっと優しくて暖かい場所だったし


うちの母親のことも、

その世界の中の一人の人間として見ていいのならば

何も母親役割をあの人に課せる必要って、ない


世界の中の他の人と同じように接していい



それでやっと、

私のやってきたことは本当にヤバくてキチガイじみてて

それで子どもたちのことを、大分大分辛くさせてしまって

不安や混乱でいっぱいにしてきてしまった最悪な毒親で

やってきた色んなことが間違いだらけでしかなかった

を自分ごととして捉えられるようになっていったと思う



今までは、

自分が間違ってる、おかしい、何か違うと思ってても

それが全部自分を責める材料でした


それがやっと、

自分のやってること、考え方が本気で間違ってるし、おかしすぎる

と思えるようになって、ガッツリしっかり否定できるようになって



今までは全部ダメ

でも、世界は優しくてみんながダイヤだったら

ここからやっていくしかない

そんな考え方がじわじわと自分の中で強くなっていっています



私自身まだ非ダイヤ思考も抜けないし

短気で衝動的で忘れっぽく色々不器用な性格は変わらないし

どうやったって2点行くかどうかの雑魚さでしかなく


それなのに、外にいい顔しようとするところがあって

自分でも「いい加減にしろー!」とほんとに思うので

ざっくりになっちゃったけど、ここに置いていきます