大喜利停滞感満載なので関係ないことつらつらと。


先週はなんだか外に出ることが多く、
週末完全に疲労困憊。


中でも良かったのがB'zとAEROSMITHのAEROSONIC。

稲葉さん相変わらずいい体しすぎ。笑
48歳であのボディシルエットの歌手はそうそうおらんやろ…

だけどそれ以上に65歳のスティーブンタイラーのあのパフォーマンス。
ピアノ弾きながらDream On歌いだしたと思ったら、
いつの間にかそのピアノに乗ってシャウトし始めるあのパワー。。

曲もろもろ良かったのはもちろんだけど、
素敵な年のとり方だなーと元気もらいました。



翌日はSONIC MANIAで久々のオール。。

初音ミクは日本ではオタク文化として捉えられがちですが、
ロンドンオリンピックのオープニングになるかもとか
欧米の10代女子で人気があるとか海外での反応が気になったので
一曲だけ聞いてきました。

いや、あの3Dの技術は文系の自分には全くわからないのですが、
単純に凄い。。
20台以上のプロジェクターを使って、
何もないとこにあの立体映像を作る。

$一歩、二歩、散歩にゆこう。

スマートフォンの機能が全て眼鏡に集約される
google glassもすごいと思ったけど、
テクノロジーの進化って一種怖いものもあるなーと思ってしまう。。

この眼鏡とか、写真とるって動作なしで写真とれちゃうわけで、
よくある「こちらでは写真撮影禁止です」みたいなのも
どんどん規制できなくなっちゃうんじゃないかと。。
それでもやっぱり凄いものは凄いっすね。。


Perfumeはカンヌ広告祭にも出てたこともあって、
一度ちゃんと見てみようと最初から最後まで。

やー映像もダンスも凄い。やっぱり独特。
踊る衣装の動きに合わせて?人そのものに映像が投影されてて、

$一歩、二歩、散歩にゆこう。

こんな感じで、人の動きに合わせたプロジェクションマッピングは
なかなか見る機会がなかったので面白かった。

ただ、その間にはさむMCがうまいなーと思った。
「皆さん疲れてる顔してますねー」の後に
「この前税理士の試験もありましたしねー」
って、、、何でそこまで知ってるねん。。。笑
っていうようなコメントが結構あったりして、
大喜利でいう「マイナーだけど面白い」感覚に
ちょっと元気もらいました。笑


電気グルーヴは卓球と瀧さんの顔の映像が音楽に合わせて
グリグリ変わってくのが楽しかった。
虹聞けなかったかったことだけが残念。

PET SHOP BOYSはいい意味で一番裏切られた。
CDで聞くよりも圧倒的に音の作る高揚感が気持ちよくて、
これからも生で聞きたいと思えるアーティストだった。


breakbot。次期JUSTICEと言われるだけあって、グルーヴ半端ない。
ただのDJ LIVEかなと思ったらいきなりシンセでバンド演奏しだしたり、
かっこいいのにどこか気が抜けてたりと、
親しみやすいディスコサウンドって感じで、この辺りから
もう腰と足がバキバキになりだし。。

その後のSTONE ROSES、不本意ながらオールシッティング。。
でもアルバム二枚でこの長い間にこの人気はすごいなーと改めて。
これからもじっくり聞いていきたいと思わせるパフォーマンスだった。


サカナクション!ほとんどシングルばっかだったけど、
めちゃめちゃ気持ちよかったー。
やっぱり音の抜け感とか、こだわってる感じが凄い伝わってきた。

一番痛快だったのが、バッハの旋律を~。
ほとんどろくに歌わずにRemixでめちゃめちゃに壊して、
完全にダンスフロアーに仕立て上げた時の度肝の抜かれ感漂う雰囲気が
「これが一郎くんがやりたいことなんだなー」と。
ロック好きにダンスミュージックの橋渡しの役割を確実に果たしてる。

本人も言ってた「LIVEから帰ってきたときにあの曲こうアレンジしてたな
っていうギャップを作りたい」って言ってたのもまたわかりやすくて、
ここまでやりたいことやれるアーティストも珍しいもので、
言いたいことも言えない世の中だから~こそのPOiSON。
アジカンも昔は好きだったけど、より好きなスタンスのバンドが
出てきた感じでちょっと嬉しかった。


最後はJUSTICE、もうへとへとだたけど、
最後にふさわしいヘビーな音のシャワーで最高の〆でした。

湘南の海の家で音楽流すのが全面禁止になっちゃいましたけど、やっぱり
夏って暑さのせいか音楽の開放感と高揚感が欲しくなっちゃうんですよね。
フェスは何度行ってもいいものです。。




最後にMJへのトリビュートのこの曲で。

全く記事に取り留めない感満載ですが、、、


残暑厳しき折ですが、どうぞご自愛くださいませ。




8月ですね。

亀田三兄弟、世界チャンピオン本当にすごいです。

勇気をもらった一戦でした。

それにしてもいい筋肉やー


$一歩、二歩、散歩にゆこう。






と感動してたら。。。。




出ました、夏の風物詩。









ブリゴキ先生が。。。。。。。








洗面所の入り口でお亡くなりになられている。。。。。

もう、だめなんですこういうの。。。

なんでなんですかね、この虫だけ異常に気持ち悪いのは。。。。。

一気に気持ちがなえました。。。







- - - - - - - - - - - - - - - - ここからまじめ長文- - - - - - - - - - - - - - - -








最近大喜利内でパクリが取り沙汰されることが多いですが、


なぜ人はアイディアを真似しようとするんでしょう?


理由は様々だと思いますが、大喜利の場合に限っては
もっぱら入賞したいとか順位を上げたいからではないかと思います。


この「真似をする」という行動、
どこかで誰かが「上達のためには基本だ」ということを言ってたのですが、
確かに世の中は模倣から始まることが多いとも思います。

ちょっとたとえが違うかもしれないですが、
新人バンドが誰かのカバーから始めるように、
いきなりオリジナルというのはハードルが高いのかもしれません。
ただ、そこに少なからず自分のスキルが反映されるわけで、
一字一句模倣する大喜利とは少し訳が違うと思ってます。


しかし、この模倣による刹那的な快楽に一度手を出すと
非常に麻薬的というか、中毒性が高いがゆえに、
後からくる禁断症状が少し危険だなと感じています。

いわゆる模倣「のみ」で成果を出している場合、
いざオリジナルで勝負した時にもし成果が出ないとき、
その人のアイデンティティが簡単に崩壊する可能性が高いからです。
「自分ていったいなんなんだ」と。


かぶってしまうのは多少は仕方がないと思ってます。
しかし、意図的な模倣を続けるとどんどん苦しくなってくる。


模倣してもヒットしないこともある、
たまに模倣がヒットして順位が上がる、
でもオリジナルをヒットさせる方法がよくわからない。
意図的な模倣をしてるから自分の存在を堂々とアピールできない、
だから交流も難しいだろうし、結局何に時間を使ってるかよくわからなくなる。

ランクが上がることも、最初は充実感を感じていても、
実際お金がもらえる訳でもないし、実生活が充実するわけでもないので
途中で辞めてしまう。


真似しなくても楽しめるようなシステムならいいんでしょうけど、
やっぱり会社とかと同じで全員が満足するような環境を作るのは
難しいのかもしれません。


その中で、自分なりにどう楽しむのか、
もちろん深く考えずに楽しむのもありだし、
色々考えながら追求するのもありだし、
それぞれが自分に合った方法を見つけられるといいですね。


今週もあと一日、がんばりましょー。



だいぶ前に買ったリネンシャツ、

夏は冷房が効くので何かと着ていたわけですが、

よくある「サイズのシールつきっぱなし」に昨日気づいて

本気で穴を掘りたくなりました。。。

もう襟にでかでかと「S」って…orz

思えば周りにニヤニヤしながら見てきた人が多かった気がする…
(こういう事実が発覚したとたん不思議と見方が一気に変わる)

でも大喜利のお陰で恥ずかしいことに対する切り替えが
異常に早くなった気がします。笑



$一歩、二歩、散歩にゆこう。


先日、山登りして初めてご来光を体験しました。

きれいと思うものって、理屈抜きで本当にきれい。
でも、人に伝えるときはそれを言葉にしないとなかなか伝わらない。

自分の目で見た「右脳」の情報を、
いかに言葉としての「左脳」の情報に変換するか、

やっぱりコミュニケーションではこの言葉の使い方が
大切だなーと思う今日この頃。


大喜利も、最近お題投稿でこの言葉の使い方など意識していて、
量から質を高めるために、まずはどんなお題がたくさんぼけられやすいか?
を試行錯誤しながら色々試しています。


そこで最近一つ感じたのが、カルタの強力さ。


もちろん絵の素材の解釈の多様さや、
既にボケてる素材のボケやすさも重要なのですが、
(字面だけの穴埋めはかなり難易度高い)
絵だけ投げるよりもカルタの方が投稿数伸びることが結構多くて。

これはあくまで感覚的な話ですが、
多分「思考を強制される方がぼけやすい」んだろうなと。


先日投稿した「親子三人で子供が真顔、親が驚いてる」絵で、
頭文字を「な」に設定しました。

これは親目線•子目線でそれぞれ「何(か、だ、でetc)」の始まり方なら
文脈を作りやすいんじゃないかという仮説のもとで試したのですが、
やっぱりその始まり方が半数以上で、投稿数が500をこえました。
他の素材でも2つ入賞していたのもあり、ハマったときのカルタは
破壊力あるなーと改めて。


その一方で、似たテイストの絵で頭文字を設定しなかった場合、
50もいかないケースがあり、今まではカルタは頭文字強制で
あまり伸びない要因ではないかと思ってたのですが、
もしかしたら状況に合った頭文字なら設定された方が
楽に思考できるからぼけられやすいのかなと。


他にも「こそあど」的な始まり方や感動詞(間投詞?)が多いア行は
様々な状況にフィットすることが多い気もしました。


明らかにボケてる写真は不要かもしれませんが、
「なんか面白い」素材の場合は、文脈の勢いに乗るためのサポートが
何もないと難しいのかもしれないと思った今週でした。



ただ一方で、boketeを見ていて感じたのは、
人気のあるボケはそうしたものに縛られてなくて、
自由に解釈してるなーということ。
やっぱり頭文字は思考の制限になってしまうんですよね。


以前、「統一感のあるギャップ」という表現をしたことがあるのですが、
お題に関しては「自由と制限のバランス」が大切な気がしました。




…なんだか自分でも書いててよくわからなくなってきましたが(笑)
引き続き懲りずに大喜利を楽しんでいきましょうー☆