論破って無意味 | ちょっとずつブログ
日本の
YouTubeを見てると、
やたらよく聞く論破と
言う言葉。

最近流行ってるかは、
知らないけど、
5年くらい前かなー、
実際自分が言われて
思った事があった。

通したい案件で、
上司と少し意見が合わない時が、
あった時に、
俺を論破出来たら
いいよって、
言われた事があった。

はて?論破?
プレゼンじゃなくて?

論破って、
人様の論じてることを
破るってこと?
それは面倒だわ。
じゃ、いいですって、
案件を引っ込めた。

この時に思ったのは、
論破という言葉は、
人を萎えさせる。
だった。

日本にいる時は
自分自身が、
時に弁が立つ時があって、
それでも相手を
追い込まないように
してるつもりだったけど、
何せ、母国語なので、
自由自在。
たまに質問の仕方が
威圧的になったりして、
きっと追い込んでるんだろうな
と思う時もある。

ところが英語やスペイン語は
ザ、不自由なので、
弁が立つとか以前に
口下手中の口下手になり、
聞く側に回る事が多い。

その立場から言うと、
聞く利点ってすごいあるなーと。

論破、つまり喧嘩腰で
行くと、相手も萎えるし、
私も謎の無駄なパワーを
使うので、
結局相手がいい事を
言ったとしても、
ちゃんと受け取れない。

ところが、
最初から聞く側にまわります!
ってなると、
聞く事に徹するので、
相手の意図を汲み取ろうと
したり、どうしてその考えに
たどり着くか、
興味が沸いて、
質問が出てきたりする。

そもそも、相手が話してる事に
100%同意出来なくても、
それは相手の意見なので、
いったん受け取ってみる。

例えば、仮にディベートって
なると、話しは少し
変わるけど、
ディベートの基本中の
基本は相手の意見に反対
する時は、かなり敬意を
払い、自分の意見を
いうので、
仮に
いきなりあなたの意見は
おかしい!と
話し始めたら、
相手はもう私の意見は
聞かないよね。

日常に戻って話すと、
論破したところで、
相手も気分が悪いし、
私も相手から学べる何かを
逃してる。
逆も然り、論破ごしに
来られたら、
面倒だから、打ち切り。
一応言うと、私と違う意見が
ある場合の意見はすごい聞きたい。
興味がある。それが
論破って形じゃなくて
お互い話しやすい感じがいいかな。

論破というのが、
好きな人もいると思うので、
それは論破が好きな人たち
同士で楽しむのは、
ありかもね。


ここ5年くらいは、
論破に近寄ってないけど、
もし、人様の論じてる事を
失礼な形で、破ってたら
教えて下さい。
なおします。

なぜなら、論破は
無意味だと思ってるから。

子供たちの学校が、
始まった。
彼らのクラスの
ステートメントの中に、
Attentive listeningがある。
日本語だと傾聴?

Good listenerと
Good questionは、
私の環境では非常に
大事な技術らしく、
論破が無意味と感じるのも
この環境だからかもしれない。



今日も最高にいい天気!