太平道の公言する、生まれながらの身分で一生が決まってしまう今の世に反発し、身分の垣根を取っ払おうとする考えは、苦しい生活を強いられている大衆に支持を受けた。その組織の中枢は、才を持ちながら境遇に恵まれず雄飛の時を得られなあかった武士達が中心に構成されている。そのため、純粋な信仰心から付き従う者達だけではなく、立身の手として便乗している者も混じっているのが実情である。
国を敵に回しての反乱。当然ながら派遣されて来た官軍への対応について、主だった者等が道主・元京の屋敷に集ってきていた。
広間では元京を中心に十人程が左右に分かれている。それに囲まれる様に、岩石の様な男が床に手をついていた。
「此度の一件は、我が手の者の軽挙によるもの。何卒配下の不始末を挽回する機会をお与え下され」
岩の様な男は手をついたまま、元京の返答をまった。
「お待ち下され」
取巻きの一人が割って入った。温厚そうな老人である。
「相手は名うて猛将・雷神で御座る。それがしの見立てでは菅塔殿ではちと役不足と見受けられまするが」
「何と!いくら吉菅殿とて聞き捨てられませんな。何が不足か承りましょう」
菅塔は岩の様な身体を起こし目を剥いて吉菅に喰ってかかった。
「ふむ。菅塔殿は配下の尻拭いのつもりで御座ろうが。この緒戦の重要さはご存じであろうの」
「・・・・・!」
血を昇らせた頭で思案し、直ぐにはっとした。この乱を始めて以来始めて中央から寄せられた征伐軍。日和見の群衆にとっても最も注視すべき重要な局面である。この勝敗が今後の太平道にとって、大きな影響を与えるであろうことに考えが行き着いたのだ。
「む、無論で御座る」
喰いついた手前、直ぐに折れることは感情が許さず苦し紛れに答えた。
ここで、今まで黙っていた元京が扇で床を叩いた。
「よかろう。菅塔にまかせようか。官軍千というがどれだけの兵で打ち破れる?」
「精鋭五千」
官軍の五倍の兵力の要求に周囲はどよめいた。しかし元京は菅塔の算盤の叩き出した答えに満足であった。見栄や外聞で同等の兵力を答申してる様では、この局面は乗り切れない。
皆が退席した後、元京と吉菅だけが残っていた。吉菅は下座に座っていて元京は立って吉菅を通り過ぎ外を眺めている。二人は背を向けあっている形だ。暫く沈黙が続いたが元京が口を開いた。
「憎まれ役をさせてしまったな」
「勿体無い。わしは戦はできませぬ。これくらいしか尽くせることがありませぬ」
「そうか。そちの本懐は国造りにあったな。寄る地が無ければ国は造れぬか」
吉菅は微笑んだ。
「菅塔殿は見かけに寄らず神経が細かい。独断で動いた配下の失態の挽回に執着し心を乱しておりました。平静を取り戻しましたが成し遂げられるでしょうか?」
「元来周到な男だ。十分渡りあえるであろう―――が、不確実なのが戦だ。どれだけ手を尽くしても万全とは云えぬか。」
ひとりごちた元京が思案の途についた時、心地よい風が吹き抜けた。