「アイディアが降りて来る」という台詞は、クリエイティヴな仕事に携わる人たちの間に止まらず、今や一般的に定着した感があるくらい、クリエイティヴィティというものを説明(イメージ)する際に伝えやすい比喩だと思います。

ですが、自分はそういう台詞を嬉々として口走る人の姿を見るにつけ、好ましくないというか、恥ずかしくなってしまいます。

何をまたお決まりの偏屈な見方のはじまりですか...と思われても仕方がありませんが(苦笑)、日頃から素直な自分に従いたいと心に留めるからこそ、素直な疑問も有りの侭に発露するのです。

そんな言い訳はさておき、降りて来る...ということは、当然、見上げた天空の方向から注がれる恩恵のようなものなので、自分の才気や英知から発想したのではないという謙虚さが感じられますが、その気持ちも行き過ぎてしまえば、自分こそはアイディアの神様に選ばれしエリート意識が臭いだします。

毎度毎度、何かとへり下ろうとする人の姿に、何か釈然としない厭らしい印象を受けることがあるでしょう。
その人がへり下れば、否応なしにこちらが持ち上げられて、傍から見れば、まるでその人を屈服させて踏みつけにしているようにも見える自分の姿に居心地の悪さを覚えます。
へり下るのは、その人が手前勝手な都合でやっていることで、裏を返せば横柄な態度になりかねないんですよね。
謙虚な態度を見せびらかしたり、押し付けがましいへり下りは、お目出度くも恥ずかしい。
過剰な謙虚さは、傲慢さと紙一重です。


話の線路を走っている最中に、どうでもいい部品をガタガタ鳴らせて屁理屈の音を立てていると、あらぬ方向に脱線してしまいます(笑)。

明日の方向を見据えながら言えば、アイディアか何かが上から降り注いで来るというような “イマジナリーの生理” は、自分にはありません。



♪「Blow It all away」:Sofia Essaïdi
http://youtu.be/8tW0FyqjPHI







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