ハリウッド資本の娯楽映画(SF作品等)に代表されるように、映像制作の現場で驚異的なリアリズムの冴えを発揮する※VFXの効果も、既に物珍しいテクノロジーでもなくなり、有機性(自然体)を擬態する可能性は、行き詰まっているように思えます。
コンピュータ・グラフィックスの黎明期の、※ポリゴンの拙くぎこちない見て呉れや動作に比べれば、いまの滑らかで自然な質感の冴えには隔世の感がありますが、その中身に含まれる情報量が膨らむ程、効果の信憑性が薄れて行く矛盾の原因は、やはり単純な回路の集積で成り立っているからでしょう。
昨日、例にした方眼のひとコマがミクロの粒になろうとも、無機質の壁を突き破ることも、人間らしい感情を獲得したり、味わい生み出すことなど出来ないのです。
不協和音やノイズそのものだけで音楽が成立することはあり得ませんが、それも使いようによっては楽曲のアクセントや効果音としてプレゼンス(存在感)を示すことも可能ですよね。
デッサンの際に、アウトラインを捕らえるための下書きの不安定な線の数々は、完成までの過程で消されたり塗りつぶされたりしますが、逆にそれらの線が交錯する姿に、対象の生き生きとした質感や動きが表れて、主線(おもせん、決定線)を凌ぐ味わい深さをまとうというスタイルもあります。
日本酒やコーヒー、料理の味わいにおいても、無駄とされる雑味が、時に旨味を引き立てる役割を果たしたり、往々にして本来は削られるべきはずのノイズ(雑味)の中にも、大切な成分が含まれているのです。
使いようとは、つまり想像力であり、その感性の判断力や意味付けによって、作品に命が宿ります。
丸写しの描写や、スーパー・リアリズムから、人間らしい感情が汲み取れるはずもない。
それらは、無駄や感情を徹底的に排除するからこそ成り立っています。
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【VFX】:ヴィジュアル・エフェクツ
Wikipedia▼
http://goo.gl/CLG79v
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【polygon】:ポリゴン(多角形)
Wikipedia▼
http://goo.gl/LZLQEv
♪「Been Caught Stealing」:Jane's Addiction」
http://youtu.be/TNH57uvOcU8

^*動画、及び添付のドローイングは、本文の内容に関わり合うような意味はありません。