265年間に渡り、徳川将軍家の統治下にあった中世日本の江戸時代、体外政策の主軸である鎖国制によって、国内の経済や文化は、世界に類を見ない特質を育みながら発展を遂げていましたが、内輪の似た者同士に馴れ親しんでいた数多の日本人が、その実態に気付いたのは、その後の明治時代の開国に伴う、海外諸国との交流がきっかけでした。

当時(19世紀中旬)、フランスのパリで開催された万国博覧会においても、初参加になる日本の出展物に注目が集まり、特に浮世絵等に顕著な異彩を放つ日本美術が来場者を魅了し、“ジャポニズム” と名称されるモードが、ヨーロッパの人々(文化人)に影響を与えることになります。
同時にそれは島国日本の海の水平線の彼方に立ち現れる映し鏡ともなり、異文化に向き合うことで、日本人は初めて自分たちの姿の立ち位置や特性を認知するに至りました。


あなたはちょっと変わっている...と告げられ、自分の姿や生きざまが、他人や世間一般ではなかなか目にしない特徴的なものであっても、そうやって誰かに指摘されない限りは、自分では気付き難いものでしょう。

果たして、世の中に関心を向けるよりも自分主体に生活し、他人との交流を避け続けた姿に独自性が仕上がっていたとしても、そのままでは自らの存在価値を知ることはないのです。

 

♪「Rhayader(醜い画家ラヤダー)」:Camel 
http://youtu.be/L7esW6StGSI

 








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