端的に、独自性を発するにはどうすればいいか?...世捨て人(隠者)になれば、オリジナリティは容易に身に付くことでしょう。

汚れるという好ましくない意味合いはないのですが、人は人に塗(まみ)れる程に、誰かの影響を受け、彼かの色に染まってしまう。
人が人と関わりを持てば、その間には互いが擦れ合うことによって熱気が発生します。それは相乗効果をもたらすエナジーとなり得たり、疲弊を伴う軋れき(対立)の火花であったり、善くも悪くも、人と人は互いの落とし所を見出だすべく、折り合いをつけながら世の中は成り立っています。

自分の色を薄め、時には消して他人の色を取り入れて色調を整えて行くのですから、本来その人が備えていた独自色も、一般的な階調に取り込まれ、存在も虚ろになります。
色の濃淡の移り変わりが滑らかなグラデーションには、それぞれのトーンの間際に明確な境界線がないでしょう。それぞれが無難に溶け合いながら、階調が構成されていますよね。

もちろん、独自の色と色が混じり合えば、新たな独自色が生まれるという可能性もあります。しかし、本来その人が発していた独自色は失われてしまうのです。


然すれば、人はオリジナリティを追い及めて一般社会との関係を絶ち、人里離れた山の奥地に居を構え、仙人の如く自らの掌に佇むでしょうか?

 
厄介な禅問答擬きのような話になっています(苦笑)。

 

♪「Captured」:Camel
http://youtu.be/XNv7xnwFoq8






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