写真に刻まれた残像に注がれる目差しや思い。たとえプライヴェートな家族写真の1枚にしろ、その写真が現存し続ける限り、“いま”を撮られる被写体は、未来からの無数の傍観に常に晒されています。それは人の記憶にしても似たようなものですが、写真の性(サガ)とはそういうものなのでしょう。
先ずは撮影者の目線ありきですが、やがてその目線の数や向き方は計り知れず、被写体の存在の意味からも離れて行ったりもします。
それが写真の持つ力なのでしょう。

土門拳(写真家:1909年10月25日~1990年9月15日)の※全集の一冊「筑豊のこどもたち」を、古書店で手にしたのが高校三年生の頃。
そこには、かつて黒いダイヤモンドといわれ活況を誇った石炭にまつわる産業が、新しい石油エネルギーに主役の座を追われ、斜陽化して行く北九州の炭鉱街の人々の日常が収められています。
1960年に発表された「筑豊のこどもたち」(閉山した炭鉱、子沢山の炭住街、※ボタ拾い、母のない姉妹、等)と、その続編の「るみえちゃんはお父さんが死んだ」(父親の死と黒い家、田川児童相談所の生活、等)、他「三池の闘い」が、まとめて収録されているのですが、日本のリアリズム写真の代表的な写真集とされています。

確かに、その時代を生きていなかった自分にさえ、胸に迫るように伝わってくる人々の営みや風景。写真の中に身の上をおいて、子どもたちに声をかけたり、抱き上げたり、一緒に遊び回ったり、思わず目の前に“いま”が現れているかのような感覚が刺激されます。
そして切なくなるのは、どの一枚を目にしても滲み出る、※貧しさゆえの人々の姿。貧しいゆえに悲しみ、怒り、寂しく、また、だからこそ笑い、闘い、助け合い、ありのままの“いま”を見据え、逞しくおおらかに生きる表情の数々。

お金がものをいうときには真理は黙りこむ…という俚諺があります。
貧しい事情も、お金次第で解消することは出来ますが、失われてしまった人や時は、取り戻すことは出来ません。
もしも、それが出来るとしたら、それは人の心の在り方次第なのではないでしょうか。

写真も、記憶も、ふとした際に、それに向き合う人の心に映る目差し次第です。



♪「織江の唄(八角朋子)」
http://youtu.be/slw64tjOEcM



「土門拳全集」全13巻(小学館:1983刊行~1985年完結)…「筑豊のこどもたち」は第11集に収録されています。


採掘した石炭の中に混在している不要な燃えない岩石のことをボタといい、廃棄処分されたボタは、やがて堆積し、山を築いてボタ山となります。また、処分されたボタの中にわずかに含まれる石炭を拾って、燃料として利用する“ボタ拾い”をする子どもたちもいましたが、危険を伴い、死に至る場合もありました。


土門拳の写真では、貧しさをクローズアップする傾向が強く、その印象が痛切に残りますが、当時の筑豊地方や炭鉱街が、必ずしも時代に取り残されて貧困に陥っていたわけではなく、裕福な暮らしも一般的なものでした。