ご無沙汰しております。
すっかり赤子に振り回されており、毎日余裕のない日々が続いております。
おととい、赤子は2ヶ月になりました。
夜1時間おきに起こされ、寝れない日々が続いてイライラしてしまったり、いつまでもグズグズしているので、グーで殴りたくなることもあり、私の人としての修行が足りないとつくづく感じ、まだ生まれて9週間しか経ってない子どもになに怒ってんだろう…と反省してしまいました。
2ヶ月経ってしまいましたが、生まれた時のこと振り返ってみたいと思います。
手術がいよいよ始まります。
院長がじゃあ始めるよ〜と言ったので、いちスタッフかのように「おねがいします!」と一緒に言ってしまいました。
オペ前の話では、切ったら5分くらいで出てくるからって言ってた先生。始まるとすぐに、じゅるじゅるじゅる〜と吸引の音が聞こえた。そしてどんどん音が激しくなった。あ。羊水吸ってんのかな。と思った。
私の左側に、外回りの助産師がいて今もう赤ちゃん見えてるよ〜って教えてくれた。先生がむっちりしてるな〜…3000どころじゃないかなー。って言うと周りの助産師がやたらむっちりしてる!むっちり!むっちり!と連呼するのでどんだけでかいベイビーちゃんなんだ?!と思った。
じゃ、出るよ〜と言われるとすぐに赤ちゃんの泣き声が聞こえた。長女は生まれて連れていかれて吸引してから泣いたのに、この子はすぐ泣いてくれた。泣き声を聞いた瞬間、涙が溢れた。嬉しいというか、安心した気持ちの方が強かった。臍の緒を切ってすぐ私の目の前に赤ちゃんが来た。メガネをかけていないのでハッキリとみえなかったが、元気に泣いてくれていた。あ〜よかった〜って泣きながら言っていた。
そして後からわかったことだが、術前のバースプランでお腹から出てくるところ動画を撮って欲しいと頼んだが、撮れないかなーとやんわり断られていたが、おなかから出てきて臍の緒を切るあたりから外回りの助産師さんが短時間だが、動画を撮ってくれていた。後からスマホに動画が入っているのに気づいて本当に嬉しかった。
そしてバースプランで胎盤がみたいと書いていたので胎盤をみせてもらった。はなちゃんの時の胎盤と臍の緒は亡くなってから時間たっていたからなのか、傷んでしまってるなという印象があった。臍の緒も昔の黒電話のネジネジみたいに赤黒くなっていて、ねじれてペシャとなっていた。
また、長女はお腹の中で臍の緒が首と肩に巻きついていて、苦しくなっていて胎便が生まれる前に排出されてしまっていたために羊水がドロドロで臍の緒も着色したのか黄土色だった。
でも今回の臍の緒はとれたてなので真っ白でプリプリしてねじれも激しくなかった。本来はこういうもんなんだなとマジマジとみてしまった。
連れていかれた赤子はなかなかSpO 2が上がらなかった。泣いてたのに、泣き声が聞こえなくなった。ちょっとというか、結構心配になった。どうやら、低血糖だったようで、ショ糖を与えて、Cpapという陽圧の酸素マスクを当てて、落ち着いたようだ。夫に赤子が対面するまで1時間近くかかっていたので、落ち着くまで手間取ったようだった。
あ。そしてあんなにむっちりむっちり言われていたのに体重は2876gで、そんなに大きくなかった。妊娠中、胴回りが大きくてエコーで数週間大きく出てたから、胴回りが大きかったのかなぁ?むっちりの謎。
そして私は、赤ちゃんが落ち着いたのを確認して、お腹を閉じる処置中はお薬で寝かせてもらうことにした。そして気づいたらオペ終了。手術終わったよ〜と声をかけられ、起こされた。
その時私は気づいたことは、オペ中、クラシックが流れていたのに、わたしが起きた後は宮本浩次の曲が流れていた…誰の趣味だったんだろう。先生なのかな。私も宮本さんが好きなので、私もこっち聞きながらオペされたかったな。と思ってしまった。
そしてストレッチャーに乗せられ、自分の部屋に戻った。私はまだ意識が朦朧としていた。なかなか意識がクリアにならない。静脈麻酔は苦手だ。腰椎麻酔も苦手だけど、静脈麻酔は醒めるまでつらい。流産手術後も辛かったのを思い出した。はなちゃんの時は血圧が下がったので、閉腹の時はそのまま起きていた。寝かせてくれと思ったけど、寝かせてくれない方が術後楽だな感じた。
病室で旦那が赤ちゃんの動画をとっていた時に、ちらっと私がうつっていたが、その顔がもう逝っちゃってる顔だった。。。
もし今度なにか腰椎麻酔で手術する時には、静脈麻酔の併用はやめてもらおうと思った。