1月14日、月曜日。
全く横になることができないまま、朝が来た。
夜中じゅう、布団を膝の上に抱えて
座ったまま布団に顔を埋めてうとうとした。
浅い眠りがやって来ると
身体が傾いて壁やベッドの柵に頭をぶつけそうになる。
ほんの少し当たっただけで、脳内出血の危険がある。
次女は、一晩中孫を見ながら
Tの側で頭をぶつけないよう起きていた。
「もういいから寝なさい」
Tは次女に何度も言った。
今日はずっと意識が朦朧としている。
熱があるからなのか
寝不足だからかわからない。
座ったまま目を閉じて、背中が痛くなって目が醒める。
枕にクッションに毛布に
あらゆるものでTの身体をなるべく優しく支えようとしたが
何をやっても身体が痛い。
恐らく激痛だっただろうが
Tは「ちょっと、痛い。」
と顔をしかめるだけだった。
何かを食べる元気がない。
カロリーメイトのゼリー状のやつを少し口に入れた。
昼過ぎに、長女が仕事から帰って来た。
「お父さん、帰って来たよ。」
長女が声をかけたが、Tは何も言わなかった。
午後、長妹夫婦と姪っ子、姪っ子の赤ちゃんが見舞いに来た。
座ったまま会釈をして、また目を閉じた。
ろくに会話もできないTを見て、長妹は涙を浮かべた。
夕方には、前の職場の後輩が2人やってきた。
変わり果てたTの姿に、2人は泣いた。
「T先生に大学院行けって、背中押してもらって、感謝してます。
まだまだ研究を続けます。
先生、ありがとうございます。」
Tの耳許で、大きな声で彼女は言った。
Tにはもう、目を開ける力が残っていなかった。
小さい声で、
「今までありがと」
と言って
もう一度短く
「ありがと」
と言った。
Tの最後の言葉を、妻と長女と次女は聞いた。
この時は、これが最後の言葉になるなんて、誰も思っていなかった。
寝不足だから、今日はしんどいのだ。
明日は少し元気になるだろう。
そう思っていた。
家族が声をかけても、返事をしなくなった。
痛みにだけ、顔をしかめる。
朝の5時半から排尿していない。
熱は40度を超えていた。
往診の医師に来てもらった。
今日か数日でしょう、と医師は言った。
救急車で病院に搬送しますか。
それともこのまま自宅で最期を迎えますか。
医師は家族に聞いた。
「ヘルパーさんに来てもらってでも、最後まで家に居たい。」
この日の朝、朦朧とした意識の中で、Tは妻に告げていた。
「家で看取ります。」
妻は医師にそう言った。
Tは座って俯いたまま、もう動かない。
Tが昏睡状態であること確認して、身体を横にした。
あんなに痛がっていたのが嘘のように
穏やかに息をしている。
酸素はいつの間にか、最大値の5Lになっていた。
やっと、横になれたね。
よかったね、おとうさん。
涙を流しながら、声を掛け続ける。
聞こえていると、信じたい。
時折あくびをするから、ただ眠っているように見える。
夜、30年来のTの職場の友人と、仲間たちが見舞いに来た。
数日前まで、普通に電話をしていたのに、
と、仲間たちは泣いた。
「T先生が今の職場に引っ張ってくれたお陰で、本当に仕事が楽しいです。
先生、ありがとうございます。大好きです。」
きっと聞こえている筈、と、仲間は耳許で何度も叫んだ。
「たくさんの人が見舞いに来たいと言ったけれど
出来るだけ少人数に絞って来たんです。」
と、仲間たちは妻に伝えた。
仕事のことを、何も話さない夫だった。
家族に煙たがられているように、職場でも浮いてるんだろう、と
娘たちは思っていた。
字は下手だし
声は小さいし
先生なんてできるわけないと小馬鹿にされていた。
夫は
父は
こんなにも人から必要とされていた。
彼が復職だけを切に願って頑張ってきた理由を
家族はやっと知った。
病気がよくなっても、仕事は辞めて、のんびりしよう。
妻はTにいつもそう言っていた。
もっと仕事をさせてあげられたらよかった。
妻は自分を責めた。
Tは眠り続ける。
最後に、行きたいところへ行っているのだろうか。
下関へは、行けたろうか。
父と語り合い、あんなに帰りたかった故郷を感じることはできただろうか。
愛知の義父に挨拶はできたろうか。
病気になる前
「俺が養子になって、豊田で暮らす」
と言って、離れを改築して準備までしていた。
義父を悲しませてしまったことが、Tは辛かったに違いない。
呼吸が変化する。
深く
ゆっくり
だんだん、呼吸のペースが遅くなる。
こんなに早く。
家族の誰もがそう思った。
必死でTを呼ぶ。
愛犬の頭にTの手を載せてやる。
「アモの最期を、看取ってやれないなぁ」
そんなことも、Tの心残りだった。
呼吸が数秒おきになる。
2秒空いて
深く息をする。
それが5秒になる。
7秒になる。
今の呼吸が最後かもしれない、と、家族は何度も思う。
Tが何かを云おうとしたのか
生理現象なのかはわからない。
明らかに呼吸とは違う、
「あ」
と言って
Tは呼吸をやめた。
全く横になることができないまま、朝が来た。
夜中じゅう、布団を膝の上に抱えて
座ったまま布団に顔を埋めてうとうとした。
浅い眠りがやって来ると
身体が傾いて壁やベッドの柵に頭をぶつけそうになる。
ほんの少し当たっただけで、脳内出血の危険がある。
次女は、一晩中孫を見ながら
Tの側で頭をぶつけないよう起きていた。
「もういいから寝なさい」
Tは次女に何度も言った。
今日はずっと意識が朦朧としている。
熱があるからなのか
寝不足だからかわからない。
座ったまま目を閉じて、背中が痛くなって目が醒める。
枕にクッションに毛布に
あらゆるものでTの身体をなるべく優しく支えようとしたが
何をやっても身体が痛い。
恐らく激痛だっただろうが
Tは「ちょっと、痛い。」
と顔をしかめるだけだった。
何かを食べる元気がない。
カロリーメイトのゼリー状のやつを少し口に入れた。
昼過ぎに、長女が仕事から帰って来た。
「お父さん、帰って来たよ。」
長女が声をかけたが、Tは何も言わなかった。
午後、長妹夫婦と姪っ子、姪っ子の赤ちゃんが見舞いに来た。
座ったまま会釈をして、また目を閉じた。
ろくに会話もできないTを見て、長妹は涙を浮かべた。
夕方には、前の職場の後輩が2人やってきた。
変わり果てたTの姿に、2人は泣いた。
「T先生に大学院行けって、背中押してもらって、感謝してます。
まだまだ研究を続けます。
先生、ありがとうございます。」
Tの耳許で、大きな声で彼女は言った。
Tにはもう、目を開ける力が残っていなかった。
小さい声で、
「今までありがと」
と言って
もう一度短く
「ありがと」
と言った。
Tの最後の言葉を、妻と長女と次女は聞いた。
この時は、これが最後の言葉になるなんて、誰も思っていなかった。
寝不足だから、今日はしんどいのだ。
明日は少し元気になるだろう。
そう思っていた。
家族が声をかけても、返事をしなくなった。
痛みにだけ、顔をしかめる。
朝の5時半から排尿していない。
熱は40度を超えていた。
往診の医師に来てもらった。
今日か数日でしょう、と医師は言った。
救急車で病院に搬送しますか。
それともこのまま自宅で最期を迎えますか。
医師は家族に聞いた。
「ヘルパーさんに来てもらってでも、最後まで家に居たい。」
この日の朝、朦朧とした意識の中で、Tは妻に告げていた。
「家で看取ります。」
妻は医師にそう言った。
Tは座って俯いたまま、もう動かない。
Tが昏睡状態であること確認して、身体を横にした。
あんなに痛がっていたのが嘘のように
穏やかに息をしている。
酸素はいつの間にか、最大値の5Lになっていた。
やっと、横になれたね。
よかったね、おとうさん。
涙を流しながら、声を掛け続ける。
聞こえていると、信じたい。
時折あくびをするから、ただ眠っているように見える。
夜、30年来のTの職場の友人と、仲間たちが見舞いに来た。
数日前まで、普通に電話をしていたのに、
と、仲間たちは泣いた。
「T先生が今の職場に引っ張ってくれたお陰で、本当に仕事が楽しいです。
先生、ありがとうございます。大好きです。」
きっと聞こえている筈、と、仲間は耳許で何度も叫んだ。
「たくさんの人が見舞いに来たいと言ったけれど
出来るだけ少人数に絞って来たんです。」
と、仲間たちは妻に伝えた。
仕事のことを、何も話さない夫だった。
家族に煙たがられているように、職場でも浮いてるんだろう、と
娘たちは思っていた。
字は下手だし
声は小さいし
先生なんてできるわけないと小馬鹿にされていた。
夫は
父は
こんなにも人から必要とされていた。
彼が復職だけを切に願って頑張ってきた理由を
家族はやっと知った。
病気がよくなっても、仕事は辞めて、のんびりしよう。
妻はTにいつもそう言っていた。
もっと仕事をさせてあげられたらよかった。
妻は自分を責めた。
Tは眠り続ける。
最後に、行きたいところへ行っているのだろうか。
下関へは、行けたろうか。
父と語り合い、あんなに帰りたかった故郷を感じることはできただろうか。
愛知の義父に挨拶はできたろうか。
病気になる前
「俺が養子になって、豊田で暮らす」
と言って、離れを改築して準備までしていた。
義父を悲しませてしまったことが、Tは辛かったに違いない。
呼吸が変化する。
深く
ゆっくり
だんだん、呼吸のペースが遅くなる。
こんなに早く。
家族の誰もがそう思った。
必死でTを呼ぶ。
愛犬の頭にTの手を載せてやる。
「アモの最期を、看取ってやれないなぁ」
そんなことも、Tの心残りだった。
呼吸が数秒おきになる。
2秒空いて
深く息をする。
それが5秒になる。
7秒になる。
今の呼吸が最後かもしれない、と、家族は何度も思う。
Tが何かを云おうとしたのか
生理現象なのかはわからない。
明らかに呼吸とは違う、
「あ」
と言って
Tは呼吸をやめた。
