こんにちは。
あもんです。
久しぶりに脳内トリップしたいと思います。
今回はネパールで婚活に成功した人のお話を書きたいと思います。
私が初めてネパールのポカラに行ったのは
今から10年以上前。
首都KTM(カトマンドゥ)からのバスを降りると、
沢山のホテルの客引きがやってきました。
当時私は年上の従姉妹と二人で旅行していました。
その私達にめがけてもの凄くひつこい客引きがきました。
その客引きの涙ながらの演技?に、
哀れに思った私達は彼(客引き)の車に乗りました。
客引きの車に乗ると、
先程の涙ながらの演技はなんのその。
今度は笑顔でトレッキング等勧めてきます。
連れて行かれたのはホテル・ナッセント。
屋上からはアンナプルナ山郡とマチュピチャレの威風堂々たる姿が見える
のんびりとした安宿でした。
一応ポカラはネパールの第2の都市です。
でも、都市というか、町というか、
どちらかというと、村的な存在で
とてものんびりとした美しいところでした。
(当時は)
ポカラと美しい山が見える宿が気に入ったので、
長く滞在しました。
当時の私の日課は
マチャピチャレに美しくオレンジ色に輝く朝日を見に
毎朝屋上に行くことでした。

朝日が差し込む前の白けた屋上に
必ず居る日本人男性が居ました。
彼の名前はAさん。
年の頃は30代後半だったかな???
Aさんは屋上の部屋に住んではりました。
その、穏やかな人柄もあってか
毎朝合う度に仲良くなり、
色々お話しました。
Aさんはインドのヒンディー語も喋れますが、
ネパール語も堪能です。
Aさんはネパールが大好きで、
ゆくゆくはポカラよりももっと田舎の村に住みたいらしいです。
(ポカラより田舎って、どんなけ田舎やねん!??と当時思った)
でも、ネパールに住むのには
外国人は住めません。
手っ取り早い方法は、
誰もが思いつく方法・・・
”結婚”です。

そこでAさんは
泊まっていた(住んでいた?)
ホテルのオーナーと仲良くなりました。
ホテルのオーナーと兄弟の杯を交わし、
そして、
オーナーの親戚に良い人が居ないか探してもらいました。

Aさんの結婚相手に白羽の矢が刺さったのは、
当時まだ16歳の女の子
Aさんの歳の半分以下の年齢でした。
お見合いをして、トントン拍子に結婚の流れとなりました
私達はビザが切れそうになったので、
Aさんの結婚式には残念ながら参加できずじまい。
お嫁さんの姿を見ることなく、
その後どうなったかは分からずじまいでした。

それから1年後・・・(だったかな?)
私はまた
ポカラのホテル・ナッセントに泊まりに行きました。
その時は一人だったのでシングル用の
あのAさんが泊まっていた
山々の眺めが美しく見える
屋上部屋に泊まろうと思いました。
しかし残念ながら先客が居ました。
チェックインして屋上に上がると、
Aさんが泊まっていた屋上部屋の扉が開いていました。
その扉の脇で日本人の男の子が山と向きあう感じで
のんびり読書をしています。
その子の名前はB君。
当時の私と同い年位で若く、
かなり好青年に見える爽やかな感じの子でした

私はその男の子に話しかけました。
「こんにちは~。実はその素敵な部屋に泊まりにきたんだけど先客が居て残念だったわ。(笑)」
「あ、ど~もすいません。お先に取っちゃいました
(笑)」
清潔感のある笑顔が眩しい男の子です
私はそのB君に、
1年前に同じ部屋に泊まっていた
Aさんのお話をしました。
B君はそのAさんのお話を知っていて、
そして、驚くことに
「僕もネパールが好きで・・・
その・・・
いま、宿のオーナーにお嫁さんを探してもらっているんです
」
・・・・・・

私はビザが切れそうになったので、
B君の結婚式には残念ながら参加できずじまい。
お嫁さんの姿を見ることなく、
その後どうなったかは分からずじまいです。
それから数年後・・・
また、ポカラにやってきました。
私が泊まろうと思ったあの屋上の部屋は人気で、
また、誰かに先越されていました。
チェックインして屋上に上がると、
なんと驚くことにAさんが居ました。
しかも・・・
腕には赤ちゃんを抱っこしています!!!
私は懐かしいのと嬉しさで、話しかけました。
「わ~
お久しぶりです~
ついに、ネパールに永住に来たんですか!??」
「いや~、今はちょっとした里帰りだよ。
もうちょっと日本でお金を貯めてから、こっちに移住するつもりなんだ。」
私はAさんが結婚後、どの様に過ごしたか聞きました。
Aさんはお嫁さんを日本に連れて帰り、
お嫁さんと二人ホテルに住みこみで働いたことを聞きました。
私はAさんに質問しました。
後進国の女性と結婚した場合、
多くの日本人男性は
結婚した女性の親が、親戚がお金に困っていると言って
なんだかんだ理由をつけては
金品をねだられます。
それが原因で離婚した例も沢山あります。
その点について大丈夫なの???
「お嫁さんはうちの家計事情をよく知っている。
僕たちの目標の為に住み込みで二人で働いているから、
親戚等に何か言われることはあるみたいだけど、
うまくかわしているみたいだよ。」
なるほど~~~
”二人で苦労する”ってのが、
ポイントなんだな~と思いました。

幸せそうに子供を抱いている、Aさん。
その後、ポカラには行っていないので
Aさんがどうなったかは分かりません。
今でも結婚の神様が経営している
ナッセントはあるのだろうか???
夕焼けに染まるオレンジ色の雲を見ては
何故かマチュピチャレの朝焼けを思い出す今日この頃です。

******
余談・・・
このお話を旅先で会った婚活中の男性に話しました。
彼の次の行き先は”ポカラ”に決定しました
そして、彼の婚活の行方は・・・
・・・・・・???
上手くいっているといいな~
写真がメインのブログもよろしくです→旅、ときどき日常 

あもんです。
久しぶりに脳内トリップしたいと思います。
今回はネパールで婚活に成功した人のお話を書きたいと思います。
私が初めてネパールのポカラに行ったのは
今から10年以上前。
首都KTM(カトマンドゥ)からのバスを降りると、
沢山のホテルの客引きがやってきました。
当時私は年上の従姉妹と二人で旅行していました。
その私達にめがけてもの凄くひつこい客引きがきました。
その客引きの涙ながらの演技?に、
哀れに思った私達は彼(客引き)の車に乗りました。
客引きの車に乗ると、
先程の涙ながらの演技はなんのその。
今度は笑顔でトレッキング等勧めてきます。
連れて行かれたのはホテル・ナッセント。
屋上からはアンナプルナ山郡とマチュピチャレの威風堂々たる姿が見える
のんびりとした安宿でした。
一応ポカラはネパールの第2の都市です。
でも、都市というか、町というか、
どちらかというと、村的な存在で
とてものんびりとした美しいところでした。
(当時は)
ポカラと美しい山が見える宿が気に入ったので、
長く滞在しました。
当時の私の日課は
マチャピチャレに美しくオレンジ色に輝く朝日を見に
毎朝屋上に行くことでした。

朝日が差し込む前の白けた屋上に
必ず居る日本人男性が居ました。
彼の名前はAさん。
年の頃は30代後半だったかな???
Aさんは屋上の部屋に住んではりました。
その、穏やかな人柄もあってか
毎朝合う度に仲良くなり、
色々お話しました。
Aさんはインドのヒンディー語も喋れますが、
ネパール語も堪能です。
Aさんはネパールが大好きで、
ゆくゆくはポカラよりももっと田舎の村に住みたいらしいです。
(ポカラより田舎って、どんなけ田舎やねん!??と当時思った)
でも、ネパールに住むのには
外国人は住めません。
手っ取り早い方法は、
誰もが思いつく方法・・・
”結婚”です。

そこでAさんは
泊まっていた(住んでいた?)
ホテルのオーナーと仲良くなりました。
ホテルのオーナーと兄弟の杯を交わし、
そして、
オーナーの親戚に良い人が居ないか探してもらいました。

Aさんの結婚相手に白羽の矢が刺さったのは、
当時まだ16歳の女の子

Aさんの歳の半分以下の年齢でした。
お見合いをして、トントン拍子に結婚の流れとなりました

私達はビザが切れそうになったので、
Aさんの結婚式には残念ながら参加できずじまい。
お嫁さんの姿を見ることなく、
その後どうなったかは分からずじまいでした。

それから1年後・・・(だったかな?)
私はまた
ポカラのホテル・ナッセントに泊まりに行きました。
その時は一人だったのでシングル用の
あのAさんが泊まっていた
山々の眺めが美しく見える
屋上部屋に泊まろうと思いました。
しかし残念ながら先客が居ました。
チェックインして屋上に上がると、
Aさんが泊まっていた屋上部屋の扉が開いていました。
その扉の脇で日本人の男の子が山と向きあう感じで
のんびり読書をしています。
その子の名前はB君。
当時の私と同い年位で若く、
かなり好青年に見える爽やかな感じの子でした


私はその男の子に話しかけました。
「こんにちは~。実はその素敵な部屋に泊まりにきたんだけど先客が居て残念だったわ。(笑)」
「あ、ど~もすいません。お先に取っちゃいました
(笑)」清潔感のある笑顔が眩しい男の子です

私はそのB君に、
1年前に同じ部屋に泊まっていた
Aさんのお話をしました。
B君はそのAさんのお話を知っていて、
そして、驚くことに
「僕もネパールが好きで・・・その・・・
いま、宿のオーナーにお嫁さんを探してもらっているんです
」
・・・・・・

私はビザが切れそうになったので、
B君の結婚式には残念ながら参加できずじまい。
お嫁さんの姿を見ることなく、
その後どうなったかは分からずじまいです。
それから数年後・・・
また、ポカラにやってきました。
私が泊まろうと思ったあの屋上の部屋は人気で、
また、誰かに先越されていました。
チェックインして屋上に上がると、
なんと驚くことにAさんが居ました。
しかも・・・
腕には赤ちゃんを抱っこしています!!!
私は懐かしいのと嬉しさで、話しかけました。
「わ~
お久しぶりです~
ついに、ネパールに永住に来たんですか!??」
「いや~、今はちょっとした里帰りだよ。もうちょっと日本でお金を貯めてから、こっちに移住するつもりなんだ。」
私はAさんが結婚後、どの様に過ごしたか聞きました。
Aさんはお嫁さんを日本に連れて帰り、
お嫁さんと二人ホテルに住みこみで働いたことを聞きました。
私はAさんに質問しました。
後進国の女性と結婚した場合、
多くの日本人男性は
結婚した女性の親が、親戚がお金に困っていると言って
なんだかんだ理由をつけては
金品をねだられます。
それが原因で離婚した例も沢山あります。
その点について大丈夫なの???
「お嫁さんはうちの家計事情をよく知っている。 僕たちの目標の為に住み込みで二人で働いているから、
親戚等に何か言われることはあるみたいだけど、
うまくかわしているみたいだよ。」
なるほど~~~
”二人で苦労する”ってのが、
ポイントなんだな~と思いました。

幸せそうに子供を抱いている、Aさん。
その後、ポカラには行っていないので
Aさんがどうなったかは分かりません。
今でも結婚の神様が経営している
ナッセントはあるのだろうか???
夕焼けに染まるオレンジ色の雲を見ては
何故かマチュピチャレの朝焼けを思い出す今日この頃です。

******
余談・・・
このお話を旅先で会った婚活中の男性に話しました。
彼の次の行き先は”ポカラ”に決定しました

そして、彼の婚活の行方は・・・
・・・・・・???
上手くいっているといいな~

写真がメインのブログもよろしくです→旅、ときどき日常 
