長崎県佐世保市を歩く4
放浪日2019年8月16日
川棚町から佐世保市へ移動をしました
この日は佐世保市で宿を取っています
ん!高い煙突が3つ建っています
どこかの工場があるのかな?
周りは工場っぽくありません
森の中からニョキっと煙突が建っています
気になるので、近くまで行って観ましょう♪
この煙突は【針尾送信所】と言います
実はここ、針尾島に“大日本帝国海軍”によって建造された“無線送信所”なのです
この煙突の様なモノは“アンテナ”です
遠距離通信を可能にした巨大なアンテナなのです
なんと!建造されたのは大正11年!!
国内最初期のコンクリート建造物だったとは!!
国内で唯一現存する長波通信施設であります
大正11年にこの様なコンクリート塔が現れたら『なんですか!これは!』ですよね~
広い敷地の中に3つの無線塔が現存しています
電信室なども現存している建築物なのかな?
日本にとって、建設当時は鉄筋コンクリート造の研究を行っていた時期であり
この塔は“実験と実践の場”として考えられていたらしいです
それが、第二次大戦後も1997年まで無線施設で運用されていたとは!!
コンクリートは当時の最新技術だったのですね
それが今や、“当たり前”の建築資材となっています
これも、【針尾送信所】建設のお陰でもあるでしょう
造形に自由度があるコンクリート造ですが
いきなり、こんな筒状を造るところが凄い!
現代の職人さんでも頭を悩ませる形ですから!
『あ~でもない、こーでもない』と言いながら造ったのだと思います
時には『こんなのできるかっ!』と喧嘩などもしたでしょうね
だけど、日本には木造建築の技術力がありました
そして何より、“世界に負けない建物を造る”と言う情熱が大きかったのでしょうね
彼らは100年後に未来の日本人が眺められるとは思っていなかったでしょう
まさか!100年も在り続けて、国重要文化財になるなんて!
えっつ!設計者の吉田さんは、設計図無くしちゃったの??
なんて失敗をしてしまったのだww
まさかのまさか??だったのでしょうね~
試行錯誤を繰り返したけど、日本ではまだ実験段階だったですから
注目度はあったけど、信頼度は小さかったのかもしれません
犯人の吉田さんですw
凛としているけど、おっちょこちょいだったのかもしれませんねww
へ~迷彩色が塗られていたのでね~そりゃ~そうでしょ~
当時は針尾に前代未聞な大木が現れた!と噂だったのでしょう
高さは136mですか!!
直径12mから直径3mを結ぶ円錐で、壁厚は80㎝とは!!
3つの無線塔は落書きされたら、泣いちゃうそうですw
さてさて!3号無線塔に来ましたよ!
やはり、高い塔の足元に来たら、まずは見上げましょう!
おおっつ!スゲー136mのとんがり!!
とんがりコーンに見えなくもない!w
よく5本の指に刺して、遊びながら食べていましたww
おっと!重たそうな扉が開いていますよ!
中に入っても良い感じです!
貫禄のある巻き上げ機が出迎えてくれました
錆び具合がちょうど良く、カッコいい!
無線塔の中はライトアップされています
見学用に整備してくれて、ありがとうございます!
ライトアップが錆びた鉄骨を演出してくれています
約100年間ずっと立っている鉄骨は凄い!
見上げると、これまた圧巻!!
塔の天辺まで続いているみたいです
さっきの巻き上げ機が天辺まで届けてくれるそうです
あもんも是非とも、天辺まで届けて欲しいですね!
現場監督なので、高い所は平気ですから!
ん?よく観たら、梯子も天辺まで続いていますね
さすがに、この梯子を130mの高さまで登るのは無理ですw
でも、昔の人は平気で登っていたのでしょうね~
現代人は世の中が便利になるにつれて、臆病になるものです
えっつ!落下物あるかもなの!!
130mの高さからの落下物って威力半端ないでしょ!
注意喚起に従い、立ち入り禁止箇所には立ち入らないようにしましょう~
ということで、続きます