玖珠郡玖珠町を歩く3~旧豊後森機関庫に酔狂した結果、憑依されてしまいましたww~の巻 | あもん ザ・ワールド

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君へと届け 元気玉

放浪日:2017年4月16日

 

思わず、“大分の山奥であもんが叫ぶ”をしてしまった、旧豊後森機関庫を眺めています

日本の大切な昭和遺産である為、立ち入りは禁止で遠望しかできません

側面に廻っても、この程度距離は離れています

こういう時は、カメラズームで観察してみましょう

今年咲いた桜の後ろには、植物が絡まった外壁に割れた窓ガラス

その奥では大空間を窓灯りが“今この時”を描いています

窓ガラスは全て割れていない、どれも違う割れ方で割れている

割れた瞬間も、割れた理由も、それぞれにそれぞれの時があって

その小さな時を長い時で無口に受け止めている

 

すみません、感動し過ぎて、ツッコむのを忘れ、真面目になっていますw

そして、あもんは建物の裏側に廻ってみます

なんと!至近距離!昭和9年の大大大先輩がこんな身近にぃ!

しかも、なんですか!大大大先輩のこの表現は!!

『蘇生したければ、すればいいじゃん』的に植物の幹となり無言に鎮座しておりますw

どんな天才画家でもこの絵は描けないでしょうね!

ここまでの自然と人工の融合は深く重い“時代”という筆でなければ描かれません!

手前の菜の花は天才画家なら描けるでしょう

しかし、今の菜の花を最大限に表現できるのは、時代で描かれたこの背景しかありません

窓の先の窓の先を!先の先の日本を俺たちが築くんだ!

そんな、この機関車庫に従事した日本人の熱い想いが染みんだ姿が今の俺だ

俺が“輸送”という仕事を受けたからにはやり遂げなければいけない

たとえ、軍事輸送の拠点になったが為に、米軍機の機銃掃射にあっても、倒れないぞ

諦めたら、全てが終わりだ!と分かっていたから

日本人たちが諦めても、俺たち建物は最後まで踏ん張っていたんだ

徐々にボロボロになっても、日本人たちに壊されるまで、壊れないのが、俺だ!

なに?なんで今までここに残っていたのかって?

それは、俺を今まで残してくれた後輩達に、俺が出来る最後の仕事だからさ!

だから、俺は日本人たちに老いた俺を見て欲しい!

あの頃の日本人たちが見た希望を、今の俺の姿から見つけて欲しいんだ!

今年も見れてよかった

菜の花と桜と梅を。。。。

 

、、、、、、、

申し訳ございません!あまりにも感動し過ぎて

旧豊後森機関庫に酔狂してしまい

ついには、憑依されていましたww

ちなみに、記事を書いている今は、焼酎で酔っていますが、何か?w

こちらは、旧豊後森機関庫をミニチュア化したレールです

ミニ機関車がちびっ子たちを乗せて走るそうですヨ☆

旧豊後森機関庫は平成13年に地元の有志によって

豊後森機関庫保存委員会が結成されました

その活動として「一万人の署名運動」実施し

なんと!玖珠町の人口を上回る22,437人分の署名が集まったそうです!

その結果をふまえ、玖珠町がJR九州から、機関庫と周辺の遊休地約1ヘクタールを購入したそうです

将来は「鉄道記念公園」として整備される予定であります

あもんと同じ“昭和フェチ”のみなさま!

昭和に酔狂できて、憑依できる場所と思われますので

是非是非、足をお運びください!

 

 

続きます