幸と不幸と現実と 53 | あもん ザ・ワールド

あもん ザ・ワールド

君へと届け 元気玉

この物語は『半フィクション』です
どれが現実でどこが妄想なのかは
読み手であるあなたが決めてください
この物語は1996年から1997年の
あもんの記憶の中の情報です
現在の情報とは相違がありますので
ご理解ご了承お願いします


福江ねぶた最終日が始まろうとしている
ねぶたの周りに少しずつ人が集い始めた
囃子が少しずつ響き始め、ねぶたが目を覚まし始めた
気の早い跳人が早くもラッセラーと準備運動をしていた
福江ねぶたは今年で20年目だと言うが、まだぎこちなさを感じる
青森ねぶたに比べると可愛らしささえ感じてくる
この小さな島の小さなねぶたが福江ねぶただ
この親しみやすい距離感が魅力であり
ねぶたのそばに居るという実感が嬉しい
祭りに参加しているという感覚がじわりじわりと沸いてきて
祭りのときだけでも福江島民になれる気がする








『あっつ、ミス福江がいるぞ!』
ねぶたの情熱に早くも火をつけテンションの高いハカセがあもんを呼んだ
『こんばんわー、ミス福江の方ですか?』
さすがだ。ハカセはごく自然に女子に話しかけている
あもんには絶対にできない自然体だ
『いいえ~違いますよ~』島の人々も自然体である
『じゃぁ、市役所の方ですか?』
ハカセの自然体に便乗したあもんも話しかけることができた
『はい。そうですけど』
『僕たち、内地から来たんですよ~写真取りましょ~』

とハカセが言ったときにはサカナ組御一行が集合していた




そこに酒宴組御一行が現れた
サカナ組と酒宴組が対峙する
別に争っているわけではないのだが両方とも挑む者の目をしていた
『ラッセラーラッセラー』とはっぴさんが叫ぶと
『ラッセラッセ ラッセラー』と御一行全員が答えた
はっぴさんはラッセラーを続けた
あもん達もラッセラーを止めない
数十分続けた頃にひとり、またひとりと離脱して行ったが
あもん達はまだまだ跳ね続けている
別に戦っているわけではないが
ひとりでも跳ねている人がいればラッセラーは続く
最後の一人になった人が勝ちということはない
最後の一人の声を消えた時この素敵な島時間が途絶える気がして
あもん達はラッセラーを続けているのであった



このラッセラーを止めたのは太鼓の音であった
それは本格的にねぶた運行が始まった合図であり
この合図を聞いた人からねぶたの後ろに並び本気で跳ね始める
小さな島の小さなねぶたはその声を聞き、大きく鮮やかに輝き始める

ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー





ここでは囃子も跳人もねぶたもこじんまりでぎこちない
だけど、ここにある島リズムと島の舞がまったりとして心地好い
ねぶたは小枝のたき火のようで囃子はたき火が弾く音
やがて島人と跳人が手をつなぎ、大きな一つの輪となって
決して切れない絆と成長していくであろう
これが福江の島ねぶたなのだ



ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー


今日は昨日とまた違う雰囲気で、無礼講加減が増えていた
ねぶた衣装ではなく好きな仮装して、ねぶたを楽しんでいる人がいる
衣装などなく裸にペイントをして、ねぶたを楽しんでいる人がいる
はっぴという日本文化に身を包み、日本文化を楽しんでいる外国人がいる
今日はちびっ子も自由気ままに行き来している
そこにあもん達は観光客を入れようと思った
道脇で見ている観光客の手を取り
サカナ組で円となり囲んでラッセラー
始めは恥ずかしがっていた観光客も徐々に徐々に跳ねていく
円で跳ねるラッセラーは縁となり観光客も跳人にしてしまうのだ



ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー


みんな汗だくで笑顔であった
振り返ると後ろのねぶたも笑っているようであった
今はじめて会った名前も知らない人々が
ねぶたの跳人を競演することによって
つまらないこだわりを忘れた笑顔を共有している
こだわりを忘れた笑顔こそ本当の素顔であって
高級化粧品で化けた顔よりかは間違いなく美しい
素顔で競演し続ければ地位や国籍などの境界は消滅する


あもんは絶えず跳ね続け、声は5回以上枯れたようだ
そこに苦しいという感覚はなかった
まるでランナーズハイを体感しているような爽快感に満ち溢れていた
流れ出る汗は体力を奪っていたが、気力は決して奪われていない
そこには熱い血潮と情熱が絶えず燃えており
己の未知なる力を証明できる時間を楽しんでいる
ここでは己とはどういう存在なのかとは考えなくてもよい
ただ、己の欲するままに跳ねれば良い
己の欲望を全て消滅できるまで跳ね続ければ良い

ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー


ねぶた運行は一瞬にして終わった気がした
しかし、ねぶた運行は終わってもねぶたは終わっていなかった


再び対峙するサカナ組と酒宴組
『ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー』
あもんが一番に戦いを挑んだ
ねぶたの情熱は瞬く間に再着火し一気に昇華した

ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー


今までの自分を変えたくて
今からの自分を変えたくて
過去の自分の何かを消滅してみせると跳ねるみんな

ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー


今までの自分に挑みたくて
今からの自分に挑みたくて
現在の自分の何かに勝利してみせると跳ねるみんな

ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー
ラッセラー ラッセラー ラッセラッセ ラッセラー





その後、サカナ組と酒宴組は互いに手を組み
大宴会となった
達成感と充実感を肴とし酒は勢いよく進んだ
もう、誰が何を言っているか分らない
ただ、そこでは誰もが勝者であった
今までの自分に対しての勝者であった
自分への勝利の美酒はこの小さな島で味わうことができたのだ


『なぁなぁ、あもん君、明日、鬼岳登ってみん?』
と笑顔でやってきたのはミクねぇだった
『どないしてん?ぼぉーとして、疲れとるん?』
不意に現れたミクねぇを見て、あもんは呆然と見とれていた
希望に満ちたミクねぇが驚くほど美しかったからだ




続く