幸と不幸と現実と 35 | あもん ザ・ワールド

あもん ザ・ワールド

君へと届け 元気玉

この物語は『半フィクション』です
どれが現実でどこが妄想なのかは
読み手であるあなたが決めてください
この物語は1996年から1997年の
あもんの記憶の中の情報です
現在の情報とは相違がありますので
ご理解ご了承お願いします



“ポンポンポンポン”

あもんは懐かしい音で目を覚ました
このポンポン音はあもんが小さい頃から瀬戸内海の沿岸で聞いていた
小さな船の小さなエンジン音があもんを起こした
テントの外から海を見てみると、浅瀬で小さな船から漁師が海中を覗いている
きっとウニ漁か昆布漁であろう
利尻ウニと利尻昆布、どちらもこの島の主要な収入源であり宝物である
あもんは足元に流れてきた昆布を一枚拾った
『これを干しとけばええんかな?』
とりあえず洗濯物と一緒に乾しておくことにした
空を見上げると雲ひとつ無い快晴である
ラジオで天気予報を聞くと絶好の登山日和だ
『ミクねぇ、今日は空は機嫌がいいよ。今日、あの頂上からこっちを見下ろそうぜ』
あもんはコーヒーを飲み始めているミクねぇを誘った
『そうね、今日はいい日かもね』
『はい。コーヒー、飲むでしょ』
『うん』



利尻山は利尻町と利尻富士町にまたがる単独峰で標高は1,721mだ
利尻礼文サロベツ国立公園内で特別区域に指定されていて、日本百名山のひとつだ
対馬海流のお陰で冬は北海道本土より暖かいと感じるみたいだ
この気候で高山植物が独自の進化をしており、花の山としても有名だ
あもんとミクねぇは見返台までバイクで行き、そこから登山を始めた
沓形コースは樹林帯から始まり、足元は水の無い川のようで岩が多い
岩の凹には過去の潤いを思わせる苔が残っている
岩の隙間には現在の閑寂を思わせる小枝が散乱している
あもんは小枝を掻き分け何があるか探してみた
小枝をかき分けるとそこには“転生”という文字があった
苔をむしりとるとそこには“蘇生”という文字があった
水の無い川は一見寂しく感じるけど、それは違っていて
過去・現在・未来という時間の中で
生まれ変わりよみがえるエネルギーを川はもっているのである
あもんはなんだか嬉しくなって小枝の折れる音を行進曲として歩き続けている




『あもん君、なんだか、嬉しそうだね。どうしたの?』
あもんの変な行動にミクねぇは気が付いたが
あもんはこの気持ちをうまく伝えられる自信がなかったので答えなかった
北海道で樹林帯に入るとクマの出現と言う危険がある
しかし、今日のあもんは準備がいい
『ミクねぇ、俺、クマ鈴買ったんじゃ、クマとの遭遇はないけん、安心しな』
あもんはアイヌコタンで買ったクマ鈴をチリンチリンと鳴らした
『あもん君…利尻島には熊はいないんだよ』
『え!?マジで!』

あもんは少し恥ずかしかった
歩き始めると所々で展望が広がる場所があり、確実に登山をしていると分かる
その所々で足を止め『スゲーな』とか『気持ちいいな』とか一言でもいいから話しかける
返事は『そうだね』とか『うん』とかでいい
ペア登山では気持ちを共感させることによって疲労回復となっていくものである
あもんは単純な言葉をミクねぇに投げかけた
ミクねぇも単純な返事でキャッチボールをした


やがて登山道は屋根伝いになる
“夜明かしの坂”と呼ばれるらしいがここで夜を明かしたら絶景が見られるのだろうか
それとも頂上へ挑むためにここでキャンプをしていたのだろうか
徐々に辺りには花が見つけられるようになった
高山植物のシーズンには少し遅いようだったが
見たことの無い植物があもん達の目を楽しませてくれる
展望が広がる場所から見下ろすと麓まで見渡せる
この景色こそが利尻富士と呼ばれる訳であろう
富士といわれる山はどれも女性的な曲線美を持っている
良く見るとあもん達が出発したキャンプ場が遠くに見えている
まるで今までの道筋をペンで書けるように鮮明だ
ここで少し、休憩を取ることにしよう
ここからは難所がふたつあるから少し落ち着くことにした


『やっぱ、俺、山は親父だと思うんだ』
『日本には多くの山が息子の後ろで構えていて、高い所から見守ってくれている』
『台風が来たら楯になって、雷も息子に落ちないように代わりに受けてくれる』
『息子は自分に男を意識し始めたら、まず親父に登ろうとする』
『その道はとても険しいけど、時に安らぎも与えてくれるんだ』
『俺、去年から山登り始めたけど、最近そう思い始めたんだ』
『まだ、親父の山の天辺には立ったこと無いんだけどな』
『社会人になったら、登り始めようと思っている。親父の山に』



『親父は山か、あもん君らしい考えだね』
『だったら、私は母親は海だと思うよ』
『私、海に行ったら波の音を聞くの、目をつぶってね』
『そうしたら、聞こえてくるの。母親のささやきが…』
『もっと、行きなさい』『そろそろ、帰ってきなさい』『きっと、大丈夫だよ』『それは、だめだよ』『ごはん、できたよ』『もう、眠りなさい』
『そんな声が聞こえた時があるの。そしていつも母親のささやきを聞きながら寝ちゃうんだ』

ミクねぇの口数が徐々に多くなっている
山登りを楽しいと感じ始めたのだろうか
いや、多分安心したのだと思う



『あもん君、ごめんね。私、怖かったの。彼が山で居なくなったでしょ。だから…』
『うん、分かった。ミクねぇ、もういいよ』
『よし!そろそろ行こうか、今からは難所じゃけんね。気をつけようや』
『うん』

実はあもんも気がついていた
というよりか、山で居なくなった彼のことを知っていて、山に連れて行こうと思った
怖いのは当たり前だ
しかし、ミクねぇには超えなくていけないのは山だと思った
人は何かを越えなければ、幸せを感じることができないのだと思っていたからだ


難所「背負い子投げ」は岩場ばかりの道であった
道幅も二人が並べられないぐらいであり
時に手を使わなければいけない所もあった
あもんはゆっくりと岩を確かめながら歩いた
浮いた岩が無いか確認しながら一歩ずつ歩いた
ミクねぇはあもんの歩いた道を歩けばいい
この様な道では焦ったらいけない
一歩ずつ、一歩ずつ、逆に一歩を味わって歩けばいいのだ
そして神経をもうひとつ研ぎ澄ませよう
それは、音を聞くということだ
小さな小石の転がる音を聞き、すぐさまそこから非難する
落石と言う山の警告を人間は身体全体で受ける必要は無い
そんな警告からは逃げればいい
人間は自然からは逃げるが勝ちなのである









『ふぅ~緊張したな~』
『うん、ちょっと足が震えちゃった』
『あっ、実は俺も震えているんだ』
『よし!ミクねぇ、もうちょっとだな』
『あっ、あもん君、後ろ…』『えッ?』

振り向くとあもんの後ろには神々しく光った利尻山がそびえていた
天気と時間のお陰だろうか、ここまで神々しい山をあもんは始めて見た
あもんは以前に適当に利尻山頂上には神がいるとか言ったけど
この山容を眺めると本気で神様がいると確信してしまいそうだった







『うぉーカッケーな』
『うん、あもん君、山ってやっぱ、優しいね。苦しかった後にこんなご褒美くれちゃうんだから』
『うぉおおお!なんか元気出た!次の難所もかかってこいや!って感じじゃ~』






数十分後、第二の難所である“親知らず子知らず”の前に立ったあもんは前言を撤回し、唖然としていた
そこは斜面路を横断するルートであり
道幅は両足が広げられない狭さだ
足元は火山礫で足が埋まるほど柔らかく踏ん張りが利かない
見上げると、最近崩れたような山肌が迫ってくるようで
見下ろすとV字谷が滑り台のように足元から広がっている
注意喚起の看板が落石の真実を語っており
上ばかりに注意を払っていたら転がり落ちる危険がある
上と下からの恐怖に耐えながらこの難所を越えなければいけない
さっきまで優しかった利尻山が鬼のように見えてきた







『あもん君、うち、無理じゃわ…』
正直、あもんも怖かった
だけど、あもんは引き下がることはできない
『大丈夫じゃけん!ほら、行くぞ!!』
あもんはミクねぇと自分にそういい聞かした
『さっきと同じように、俺の足跡を辿って来て。じゃけど、近づきすぎたらいけんよ。お互いに耳を澄まして、山の機嫌を伺おうや』
『さっきより、ゆっくりと一歩ずつ…じゃけど、立ち止まっちゃいけんよ』
『ドキドキするけど、落ち着いて、焦らず急がず、のんびり確実に』

とあもんは訳のわからないことを言い出した
ミクねぇの顔は怖がっていたが、ここであもんも怖がっていたのではどうしようもない
ここで必要なのは同情ではない
ここで必要なのは強い意志だ



『ほいじゃぁ、俺から行くけん、ついて来いよ。ミクねえ』
あもんはそう言い捨て歩き始めた
あもんはこの難所を越えるまで後ろを振り向かない
だけど、ミクねぇの気配を背中で感じ、近すぎず遠すぎない距離を保って歩いた
利尻山の神様が本当にいるのなら、厳しさは俺だけにぶつけてくれ
俺はどんな厳しさだって受ける
だけど、後ろの女性だけは此処を乗り越えさせてあげてくれ
利尻山よ。お前は彼女の人生のベクトルを明るくしてくれるだけでいい
過去を悔やむのではなく未来を望むベクトルを彼女にも照らしてやっておくれ
あもんはそう利尻山と話しながらゆっくりと一歩ずつ歩いた


そしてあもんは難所を越えた
難所を越えてまず見たのはミクねぇの笑顔だった
『え?笑ってるじゃん、なんで?』
ミクねぇはあもんに気が付いたがそこでも気を抜かずゆっくりと歩いていた
そして数分後、ミクねぇも難所を越えた
『ああーー楽しかったわ!』
『え?怖くなかったん?』
『うん、怖かったけど、途中から楽しくなってな。だって、あもん君が前を歩いているから、大丈夫やろ?』
『せ、せやな…』
『あれ?あもん君、顔、引きつってんで。あははは』
『せ、せやな…』

ミクねぇはいつの間にか関西弁になっていた






それからのミクねぇは上機嫌で、あもんは安心をした
希望へのベクトルが見えたのかどうか分からなかったが
とりあえず、元気そうなので、その話題はしなくてもいいと思った
そして、二人は利尻山の頂に立った
頂上には小さな神社があり、見下ろせば利尻島全体を望むことができた
遠くに礼文島も見えるというプレゼント付き
ここが島と言うことも確認できるしここが一番高いところだと確信できる
人間は本当の絶景に出会うと逆に感嘆の言葉はでない
言葉では表現できないほどの感動がそこにはある
それを共感するのもあえて言葉はいらない
同じ景色を見て、それぞれの感性で感動をして、隣に座ってくれる人がいると言うことだけで至福の時を過ごせる







『あっ、あもん君、神様どこにおるん?』
『あっ、忘れとった!えっと…』

あもんは周りを見渡し神様を探した
だけど、神様が見えるということはまず無い
『あはは、あもん君、もうええよ。ありがとうな』
『うち、神様が嫌いやったけど、今、好きになったわ』
『やけん、バカヤローっていわんとこ』
『ありがとうな!っていっとこ』
『おお、それええな~ほんで、これからもよろしく頼むわ!って言っとこうや!』
『ふふふ。せやね』





あもんとミクねぇは利尻山によろしくとお願いして下山した
そして、見返り台で待っていたのは神様からのプレゼントのような夕焼けだった









続く