恋するアホウ 1 | あもん ザ・ワールド

あもん ザ・ワールド

君へと届け 元気玉

この物語は『半フィクション』です
どれが現実でどこが妄想なのかは
読み手であるあなたが決めてください
この物語は1995年から1996年の
あもんの記憶の中の情報です
現在の情報とは相違がありますので
ご理解ご了承お願いします


1ヶ月半ぶりにあもんは魚谷アパートの戸を開けた
魚谷アパートとはあもんの下宿しているボロアパートである
ボロいアパートであるため住環境は良くない
隣接する山陽本線に列車が通るたびに少し揺れようになってある
ドアを開けたあもんは思わず、鼻をつまんだ
カビ臭い匂いがあもんを瞬く間に襲ったからだ
あもんは急いで窓を開けた
やがて、列車の音が地響きのように聴こえてきた


あもんはチェリーと別れ、まっすぐ福山に帰って来た
明日からまた大学の授業が始まるからだ
非現実的な北海道の旅が楽し過ぎたのかもしれない
あもんはこのカビ臭い現実の部屋がすぐに嫌になった
そしていつしか、この街全体がカビ臭いかのように感じてしまった
あもんはこのカビ臭い街に帰ってきたのだ
あもんは北海道へ旅する前にひとつの別れを経験した
つい2か月前までは、この部屋にあもんとスミ子がいた
あの頃は今より子供だったような気がする
あもんは格好をつけたいがだけで、逃げるようにスミ子の前から去った
いや、目の前に見えた現実を受け止める勇気が無かったから、逃げたのだ
あの時、あもんがもっと強ければ、スミ子の全てを許し、愛せたかもしれない
だけど、あもんにはそれだけの意志が無かったのだ
そもそもスミ子を本当に好きだったのか?と聞かれると堂々とハイとは言えない
そうか、あもんは単なる恋愛ゴッコがしたかっただけなのか?
北海道で好きになったチェリーに対しても単なるママゴトだったのかもしれない
想いを伝えたのはいいが、何故?それで終わる?
チェリーの手を引っ張ってまでこの部屋に連れてくるべきだったのでは?
自分とチェリーの人生を全て背負って生きる意志は無かったのか?
あもんは自分の感情の薄さに改めて気付いた
そして、人を好きになるということが全く分からなくなった



『オレは今まで本気で人を好きになったことがあるのか?』
そう改めて自分に問いかけてみたけど、答えはノーであった
何故ならあもんは彼女らに対して必死になっていないからである
全てを捨ててまで好きになれる相手に出逢っていないからと言い訳をしてみた
だけど、それは単なる言い訳に過ぎない
本当の答えは、全てを捨ててまで好きになれる勇気がないということであるから


カビ臭い匂いがあもんにも映ったようだ
あもんは今、臭い
たまらなく、臭い
そして、寂しい
たまらなく、寂しい




気付くとあもんはバイクに乗っていた
この、か弱い自分がいた部屋に耐えられなくなったからだ
あもんはひとりバイクを走らせた
目的も無く、ただ無心で前に居る車を蛇行しながら抜いていった
時折鳴るクラクションに振りむくことなく、あもんはバイクを走らせた
このバイクだけは自分を裏切らない
このバイクだけは旅を続けてきた唯一の信頼できる仲間なのだ
この街にあもんの信頼できる仲間はいるのだろうか?
1ヶ月半も離れたこの街であもんを思いだしてくれた人はいるのだろうか?
あもんは今、ひとりぼっちである
ひとりぼっちが寂しくて悲しくてバイクに乗っているのである
あもんは福山港でバイクを止めた
目の前にある日本鋼管の工場夜景が眩しい


するとそこに聞き慣れたマフラー音が耳に入った
このマフラー音は京ちゃんのNSRである
どうやら京ちゃんはいつからか知らないが、あもんを追いかけていたらしい
京ちゃんのNSRはあもんの傍に止まった



『あっくん、いつ帰って来たん?』
京ちゃんはヘルメットを脱ぎながらあもんに聞いた
『ああ、今日帰って来たばっかりじゃ~』
この時の気分のせいであもんのテンションは下がっていた
『もしかして、もう、帰ってこんかと思ったったで~』
『じゃけど、お帰り~』
『どうじゃった?北海道?いいことあったか?』

あもんに反して京ちゃんはテンションが高い
テンションの高い京ちゃんを見上げると隣にはカズもいた
『あっ、カズ!ひさしぶりじゃの~』
よく見るとカズのシビックが止まっていた
『おおお~あもん!北海道には可愛い子おったか?』
相変わらずのカズは女ネタから入ってくる
あもんはカズに目をやらず改めて辺りを見回した
やはりカズのシビックの横にはコージのAE86が止まってあった
すると、あもんの頭を叩く奴がいた
振り返るとコージがそこには居た
『なんや!あもん、時化た顔しとるの~』
『帰って来るの待っとったで!』

コージも珍しく笑顔であった


あもんはコージに対して何も言えなかった
聞きたい事は山ほどあったが、聞くことができなかったのだ
コージも敢えてアレからのことを言う気は無かった
京ちゃんもカズもアレからのことをあもんに教える気は無かった
ここにいる誰もがアレからのことは必要が無いと思っていた
だからそれで良かった



『とりあえず、走りにいこーや!』
『実はワシらも会ったの久しぶりなんじゃ』
『年のせいかの~久しぶりに会ったら、なんだか照れるもんじゃの~』

と言った京ちゃんはヘルメットをかぶりエンジンをかけた
あもんも同じくバイクに跨り、コージとカズも車に乗った
その瞬間、京ちゃんがかっとび始めた
あもんは京ちゃんを必死に追いかけた
コージとカズはあもんを必死に追いかけた

不器用なあもん達はただ、それだけでいいと思っていた





続く