過去の自分を振り返ると、ここまで長くこの世にいる予定はありませんでした。
最初は、19歳で卒業予定が、25歳まで延期し(当時、わが友のラシマルという名の犬がいて、どうしてもできなかった)、その後は右往左往しながら、40歳で、何とかしたかったがずるずるしてしまい、こうして50歳まで来てしまいました。
「生きていることに意味がない」 という言葉は、当たり前だと思っています。
こうして学ぶことに意味があり、それを伝えることに意味があることを知れたことが、自分の集大成かもしれません。
ヒトは、社会という仕組みを作り、その小さな世界でつぶしあい、理想を掲げ、壊し、夢を歌い、欺き、愛をささやき、偽り、最後は、自分の言葉を正義として、相手の人格をつぶすことをします。
生きることがただただ苦しくて、いつでも卒業できるように努力してきて、やっとここに記録することができました。
無意味につぶしあう世界にいるこの感覚で、お金がすべての世界の中で、何を叫び、必死に頑張っているのか、答えが見えません。
自分は、「ヒトが作った仕組みには答えがある」 と思ってきました。つまり、お金の増やし方もやり方があるということです。
これから先も、ずっと生きることがつらいですが、今は、こうして形を残せることができ、すっきりしています。
自分の声は、誰にも響かないことは自覚しています。
なので、もしここまで読んでいただけた方がいれば、感謝いたします。
わがままですが、自分のこの内容に 「ふーん」 と思っていただければ、それほど幸せなことはありません。
これから先、このような内容は書かないと思っています。
それでは、最後までお付き合いしていただいた皆様に、深く感謝いたします。