今から、すごく無駄なことを書きます。

 

現在の日本は、ほぼ電気が通っていて、公園でもきれいな水が出るほどインフラが進んでいて、テレビやスマホもみんな持っているけど、50年前は、井戸や川の水でお風呂を沸かしたりしていた時代があった。

昔話をすると、人は耳を塞いでしまう。

もちろん、私もそうだった。

今、目の前で広がる光景が普通であり、その話を聞いてもイメージできなかったからだ。

だから、今が恵まれていると感じることもない。

 

今、目の前にあることが普通であって、過去の話は、物語に過ぎないからだ。

 

でも、少し考え直してみる。

 

なぜ、日本は恵まれていると思うのか?

 

例えば、「無限にお金があって、なんでも物が買えて、仕事もしないで生活できる」 ことが恵まれているという基準があるからだと思う。

というのも、「恵まれる」 というものは、何もしなくても手に入るという価値観だからだろう。

果たして、これは正しいんだろうか?

この価値観で考えれば、日本は恵まれていないことになる。

むしろ、かなりすごい資産家が恵まれているのが、この価値観に当てはまる。

……というわけではない。

そもそもこの価値観は、自然の世界ではあるかもしれないが、複雑な人間世界では難しい。

 

となると、「恵まれている」 価値観は、日本の環境よりも優れていない国を比較することになる。

しかし、それでは、まったく意味がない。

比較対象を比べて優劣をつけることで 「恵まれる」 という言葉を使えば (もちろん、使い方は間違っていないが) 基準がぶれてしまい、ただしい意味が理解できなくなる。

「恵まれている」 というのはどのようなことなのか?

 

例えば、図書館や本屋に行くと、膨大な本があり、多くの知識がそこには眠っている。

街を歩けば、街灯が道を照らしてくれて、家でも電気が使える。

自由に勉強もできるし、頑張った分だけ、答えも出てくる。

こんなありがたい環境を、私は 「恵まれている」 と考えている。

かなり年を重ねてしまったが、勉強が面白いと感じるようになった時、わからないときは、すぐに調べることもできる。いろんな本を読むことによって、さまざまな考え方を学ぶことができる。電気があるおかげで、夜も勉強できる。

仕事も、与えられたことをするだけでお金がもらえるという楽なことをさせてもらっている。

自分の知識を高めることがしやすい環境が日本には整っていると私は思っている。

それを、何もしないで過ごす無駄なことをしている気がする。

昔の私もそうだが、本当にこれってもったいないと思う。

勉強は、学校でするものとか、先生に教えてもらうものだという価値観が、まったく意味がないことに気づかないといけない。

 

生活のために仕事をして、ほんの少しだけでも本を読む時間を作り、少しでも知識を身につけていく楽しさを実感できると、もっと日本は変わると思う。

 

今の日本を誰かのせいにすることが多いが、何も考えなかった私も、もちろんダメ人間である。

 

私のような存在がこのようなことを書くこと自体がお門違いであることはわかっている。

この前読んだ、「ゾウの時間 ネズミの時間」 というサイズの生物学があまりにも面白いのだけど、この魅力をどうしても伝えることができない。

私の知識がなさ過ぎて、、頭が悪すぎて、人に伝えることができない虚しさが、結構つらいものだ。

 

ただ、本の内容が、正しいわけではない。

どれだけ、立派な肩書の人が書いても、その内容は、その人の価値観であり、それがすべてでも正解でもない。

大切なのは、その価値観を学び、自分の考え方で物を見たり、その人の着目点や、どのように考えたかを学ぶことが大事だと私は考えている。

 

社会が掲げる 「常識」 や 「正義」 は、人の多数決で決まる。

多くの人が一つの事例を判断して、納得して認められたものが 「常識」 であり、それを正しいと評価されれば、 「正義」 となる。

それほど、人の価値観はあいまいであり、フワフワしている。

 

それでも、いろんな人の価値観を学び、必要な勉強をしていくことで、自分の世界観が変わっていく。

学ぶ楽しさは、子供限定ではない。

学ばないことをしている大人が増えていると私は思う。

このままでは、日本はどうなるか?

そんな政治的なことではなくても、学ぶことを、知識を増やす努力をもっともっとしていかないと、人生は面白くならないと私は思う。

 

私の周りには、学ばない大人があまりにも多い。

私は、「このままではいけない」 と思い、ほんの少しずつではあるが、頑張っている (つもり) ……と思う。

 

結果主義の社会なので、私には、結果ゼロの答えしかないと思うが、私は勝手に少しずつ進もうと思う。

でも、いつも (このままでいいのかなぁ?) と未来の心配は、勝手にしている。