2 理論
私は、理論でモノを考えることが多い。
なぜ、このように考えるようになったかというと、そのように考えないといけない理由があったからである。
とはいえ、理論的な人は、嫌われる (と思っている)。
自分の知識が絶対で、その理論を誰かれかまわず当然面して偉そうに語る。
そして、他人の意見をまず聞かない。
本当に面倒な生き物である。
私も、そのような時期もしばらくあったように思う。
今は、そうでもない (つもり)。
しかし、本来の理論というものは、考え方がかなり深い。
あらゆる角度からすべてとらえ、そこから出てくるすべての仮説も証明されて、初めて理論は生まれる。
科学の理論を知ると面白いのですが、一人の学者がかなり時間をかけて生み出していく。
だから、浅はかな理論人は、内容が薄い。
私も、比較的に薄い側だが、ほんの少し、私が理論人になっていった経緯を書いてみる。
そもそも、私が育った時代は、偏差値教育が始まったころで、教育界もいろいろあったのでしょう。
当時は、今だったら虐待レベルのことが、学校でも家でも普通に起きていた。
家では、叩かれたり、裸で外に出されたり、学校でも叩かれるのはフツウだったし、いじめもいじめられもあった。
そんな世代の子供が、今、中間職にいるのだから、その子供たちが虐待を受けるのは、残念ながらその結果かもしれない。
そのような時期に生きていると、「生きる」 ということを考える時間はかなりあった。
最初に、私が恋愛のことを書いたが、実は、ここにもかぶっている。
もともと、私はこの世から不要な存在であることは、わかっていた。
とはいえ、小学校のころでは、自殺をするということさえできずに過ごしていった。
高校時代も、友人は数人だけでつるんでいたけど、楽しいものを探し続けていた。
しかし、それと同時に私は誰かに助けてほしいと思っていた。
今いるこの世界から抜け出してしまいたいと思い、誰かに甘えたかった。
私がこの世から消えたい思いは、実は今もずっと変わらない。
だけど、嫌でも人は勝手に死ねる。
そう思ったら、少し、考え方が変わった。
だらだら書いてきたけど、私の理論は大したことがない。
最初の「恋愛」 の理論っぽいものから理解していただけると思う。
このまま理論を書き始めたら、かなり文章が長くなりそうだから、次回、書いてみようと思う。