私は、なぜ生き続けるのか?

 

本来、人は二つの種を残します。

それは、 「子孫の種」 と、 「知識の種」 です。

この二つの種を、みんなは頑張って残しています。

しかし、私には無理です。

私の言葉なぞ、

あまり興味がないかと思います。

本の知識なぞ、誰もが手に入るからです。

自分を磨くことって、難しいのかなぁって思います。

 

絶滅の人類史によれば、子孫を残すもっとも最適な方法は、遺伝子を組み替えることでなく、知識を持って生きることでなく、筋トレをして力をつけて生きることでなく、環境に適応することでもなく、より多くの子孫を生むことだそうです。

納得です。

少しでも子孫が残れば、そこから環境適応ができるように努力をするでしょう。

また、脳みその話もありました。

昔の人類の脳みそは1500㏄ でしたが、最近は縮小しているそうです。

それは、文字などの発展により、記憶媒体が小さくなったそうです。

文字を書いておけば、覚えておかなくて済むので、その分の脳みそは不要になったということです。

今の時代で、何が必要で、何が不要か?

私の価値観は、貴女と違う。

私の世界観は、貴方と違う。

みんな違うことを知っていながら、価値観を押し付ける人が多い。

好きなことをして生きる方がいる。

その人を見ると、その方の将来を気にしてしまう。

私は、誰かを救える力はないです。

私は、誰かを変える力もないです。

私の存在は、誰かを苦しめると思います。

私の存在は、誰かを困らせると思います。

私は、これからどこに行くのか?

本にはない地図を私は歩かなくてはいけない。

何も見えない人生を歩くかもしれないけど、

本の知識は、私を少しだけ強くしてくれる。

私は、昔の私には戻らない。

小さな洞窟で小さくなって、ろうそくの炎の明かりで本を読み、そこから踏み出すことなく誰かを待っていた。

私は、その世界から、ほんの少しだけ飛び出した。

周りの人から見れば、まだまだ全然だと言うでしょう。

そんなことはわかっています。

私が歩き出したのは、あちらの世界に向けてです。

この世に残す言葉なんて存在しないからです。

誰かが、なんとなく読んで、なんとなく理解してくれれば、私は十分です。

誰かに私のことを理解してもらおうとは思いません。

人は理解をしているのではなく、本当は、ただの共感だからです。

この世に残さずに去っていく。

もっと、自分をそぎ落とさなくては。

わが友のところに行く前に、2Sをしなくては。