ほぼ毎週、父と母とドライブをしていた時、なんとなく、こんなことを考えているのですが、無意味なことに脳みそを使っております。
子供のころからこんなことを考えてしまう子だったのでしょう。
成績は、果てしなくダメダメな少年でした。
そして、ドライブ中というのは、なんとも暇なものです。
昔の話がよく出てきます。
何度聞いても、どれだけ私がポンコツだったかがわかります。
小学生のころ、初めて算数を習った時、「+」 「-」 の存在がわかりませんでした。
というのも、「足す」 「引く」 ということはわかるのですが、なぜこれが ≪たす≫ または ≪ひく≫ という記号になったのか、わかりませんでした。
そんなことを考えていると、いつの間にか半年分ほどは遅れてしまいました。
どこまでも遅れていくので、当時の先生は、「特殊学級」 というクラスに入れるかどうかを相談したほどです。
また、私の変わった行動は、まだまだあります。
小学校1年生の時、私は、先生が来る教員用の下駄箱の前で、先生が来るのを待っていました。
担当の男性教師が来ると、私は先生の鞄を持ち、職員室前まで一緒に行くという行為をしていました。
当時、これは専売特許でしたが、ある日、いつの間にか私の行為を真似する者が増えていきました。マーケットで言う 「同業者」、または 「模倣者」 「ライバル」 です。
私の専売特許が、数人に奪われてしまい、困ってしまいました。
そこで、私はスリッパに目をつけたのですが、それも奪い合いになり、すでに早朝ゲームと化してしまいました。
まだほかにもあります。
授業を受けながら、粘土をこねていて怒られ、机の中にテストなどを詰め込んでいて、机ごと廊下に投げ出されたりしました。
そんなポンコツ小学生に対しても、まじめに付き合っていただけた先生に、いまだに頭が上がりません。
変わった脳みそを持っているので、書きだしたらきりがないかと思います。
親から見ると、もっとも困ったポンコツ君です。
迷惑しかかけていない存在そのものです。
その脳みそのまま、来てしまいました。
ときどき、ぼーっとするときに、無駄なことを考えたりします。
以前、普通に仕事をしているとき、 「人は、なぜ生きるのか?」 ということを悩み始め、その答えを探していました。
答えはとても簡単で、誰も知っていることだったんだと思っています。
そのあとのこともいろんなことがわかったので、良かったと思っています。
とても、簡単な答えだった 「人はなぜ生きるのか?」 をちょっと書いてみたいと思います。
そして、その先にあることも、書いていこうと思います。
実は、この答えにより、さらに幅が広がり、自分の価値観も変わりました。