ただ単に山を見て、植物のことを気にすることは、別に大きな発見ではありません。

子供のころに、地球の誕生とかで知っている知識だし、人にはさほどメリットのない、いわゆる 「雑草」 と呼ばせてもらっている草 (知識ある方々には失礼な言葉かと思いますが、種類の多さからこの言葉で使わせていただきます) といえば、庭や畑や道の端に、我こそはといわんばかりに、力強く生えてきて、そのままだと蚊は増えるし、見栄えも悪いし、道路の端だと危険が伴うため、嫁や家族にせかされたり、仕事の一部であったり、趣味のガーデニングを邪魔をしているということで、草刈りをすることになります。

ときどきイライラしながら、ブツブツ文句を言いながら、ひたすら作業を続けます。

たまに、バッタが出てきて驚いたり、ミミズが顔を出して、もう一度土を戻したりと、昆虫の生活環境を一部破壊していきます。

しかし、その植物は、我々人類から見れば、超大先輩なんです。

なぜ、植物は、このような生き方になったのか?

同じ生物という部類の中で、人と植物とは、何が違うのか?

人と動物の違いは何なのか?

そんな疑問がどこからともなく出てきました。

きっと、多くの方は、答えを知っているか、どうでもいいことだから気にならない謎だと思います。

でも、ここからいろんなことを想定していくことにより、何かが生まれる気がしました。

というのも、生物という存在は、DNAでできています(大袈裟ですが)。

つまり、人のDNAと植物のDNAにどんな違いがあるのか不思議になったのです。

細胞の違いは、学校で学びましたが、その先のことは、きっと大学に行かないとわからないことになると思います。

ただ、自分の子孫をどんどん増やそうとする植物と、昆虫と、動物と、何が違うのかなぁ? と疑問を持ったとき、その部分は、総てに共通していました。

「とにかく増やす」 

プランクトンから動物まで、その部分が同じであり、それに見合った進化をしてきたということになります。

 

じゃあ、生物って何?

 

そのことを考えていると、こんな方向に向かっていきました。

何かと自分の遺伝子を増やすことが、生物の基本的概念だとしたら、人にもそれが組み込まれていることになります。

……そういえば何かと人も増やすのが好きだなぁ……。

これってもしかして遺伝子の習性的なもの?……か。

 

きっと何を言っているのだ(怒) というお叱りを受けるかと思います。

もちろん、人にはそれを抑制する 「脳みそ」 があります。

だから否定されて当然です。

ただし、いろんな本を読むと、その否定もなくなっていきました。

後ほどそれについては書きたいと思います

 

この 「遺伝子の習性」 という表現は、的確ではないと思いますが、勉強不足のため、正確な表現方法をもっていなくてすみません。

ただ、この 「習性」 について考えると、面白いことに気づきました。