「進化論は考えるべきではなかった?」



 進化論は、とても有名な理論で、多くの人がご存知かと思います。

しかし、動物が進化することに引っかかったのではなく、自分は逆に考えました。

生物は、基本的に細胞でできていますが、不思議と、なぜ細胞ができたのかが疑問でした。

まして、 「食べる」 という行為はどんな意味があるのか、理解できませんでした。

植物性プランクトンが動物性プランクトンにファージされていき、それを小魚が食べて……なんて言う食物連鎖の意味がわかりませんでした。

 ちょっと、余談ですが、これを考えているとき、自分はかなり病んでいました (今も変わらないですが)。 

そして、昼食を取っていた時、 (なぜ感情では死にたいと思っていても、無意識的に物を食べるのか?) を考えました。

 基本的に無意味な行為になりますよね。

 生きる必要がないと思う自分が、別の感情では食事をして生きようとしていたからです。

 すごい矛盾でした。

食べることをやめれば死ねますが、無意識に食べるという行為をしている。 

これは、本当に悩みました。

 しかし、これを解決したのが、食物連鎖でした。

植物性プランクトンが増えるとき、そのDNAを二倍にしないといけません。 

遺伝子のデータを同じ状態で100パーセントのコピーをしないといけないのです。

それだけで、その生物にとって、かなりのエネルギーを使っていると思います。

そのエネルギーをさらに必要としているのが、動物性プランクトンになります。

その連鎖に対して違う考え方をしてみると、動物は、ファージをすることにより、多くのエネルギーを手に入れて、増えようとしているのでした。

これは、プランクトンだけではなく、動物界でも同じことが言えると思います。

常に生物はエネルギーを得るようにデータとして組まれていたのです。

これが意味することは、


「人は、遺伝子に生かされている」


ということでした。


遺伝子が、エネルギーを求め、おなかをすかせて食べさせているのだということです。

これが、何を意味するかというと、


「生きることに意味がない」


ということになります。


単に生きるということに対しては、特別なことではないということです。

では、なぜこれが問題かというと、

宗教上でも、人間が作ったルールといったものが壊れるからだと思います。


とりあえず、補足だけしておきますが、自分が考えたこの先の結論を追加しておきます。


「人は、産まれることに意味はないが、生きて結果を残すことに意味がある」


大したことではないですが、いろんな視線で見ると、面白い答えが見つかりました。