たまに友人と喫茶店に行くと、それぞれのテーブルで、いろんな会話が飛び交っています。
友人と自分との会話はほとんどなく、スポーツ新聞を読んでいることが多いので、周りの話に耳を傾けることがあります。
というか、勝手に入ってきてしまいます。
大体、近所の誰かさんの話とか、会社のこととかが多く、第三者の情報交換をしているようです。
ときどき、競艇や競馬の話もあります。 でも、最終的にはそこになるようです。
仕事の忘年会などでもそうですが、いろんな不満を楽しそうに話していました。 自分は、それが嫌いなので、最近は、参加しません。
昔は、自分もよく愚痴を言いました。 ところが、ある時こんなことを言われました。
「いくら愚痴っても、解決なんてできないよ」 と。
そしてマーケットに参加し始めて、愚痴の内容も変わりましたが、政治の方針などになりました。
実は、愚痴をする人を見たとき、あることに気づきました。
みんな、瞳を輝かせて強気で話しているのです。 なんか不思議でした。 愚痴を言う人は 「すべて私が正しい」 的な態度で話すのです。
なぜこのような表情になるのか、心理的に考えました。すると、このような結論になりました。
ジコチュー理論
「人は、存在意義と存在理由を求めて生きている」
まず、なぜ人は愚痴を言うのか考えていました。
というのも、不満は答えを求めますが、愚痴は共感を求めます。
つまり、言った本人が慰めてもらいたいために共感性を求めている行為だと気づきました。
この理論が思いついたとき、かなりいろんなことに広まりました。