音楽室の中には、一人の男がピアノの前で座っていた。
「失礼します。所長にお話したい方がいたのでつれてきました」
所長と呼ばれた男は、片手を挙げた。
すると、少年は頭を下げて去っていった。
俺は、しばらく黙っていた。
ここに来ても、いいことは一つも無い。
それに、所長という男は、全くカリスマ性が無い。
俺が言うのもなんだが、魅力など微塵も無い。
無理な状態で、このポジションにつかされた感じだ。
会社でいう、年功序列でえらくなった人という表現が正しいと思う。
「君は、何も話さないのか?」
所長は、重苦しい声で訊いた。
「別に無いですけど。……あぁっ、そういえば、お届けした食料は……」
「あれはもうしまっているよ。あの少年がね。それ以外に質問は?」
俺は、首を振った。
「そうか。では、こちらから質問しよう。 君は、音楽が好きかな?」
そのまま黙っていた。
「私はね、いろんな音楽が好きだよ。 クラシックから、ブラック・デスメタルまで。 残念ながら、曲を奏でるだけの実力は、無いがね」
「…………」
「ただ、アーティストというものはすごいね。 音楽家は、自分の主張を音楽で伝えることができる。 もちろん、君はそれを当然と思うかもしれない。 しかし、普通の生活の中で、主張さえさせてもらえない子供たちもいる」
「…………」
「まして、親の価値観を押し付けたり、無意味に子供をもてあそぶ親もいる。 そんな親を捨てて、自らの力で生きていく力をつけるために、この施設はできたのだよ」
「…………」
「私がここに就任したときは、もっと荒れていたよ。 夜中になると、叫び声やわめき声がすごくてね、なかなか寝れなかったよ。 今から5年ほど前だが」
「昔から、ここでは平然と人を殺してきたのかい?」
俺の質問に、所長は口を曲げた。
「施設の目的は立派だけど、そうやって、邪魔者を消していったのだろう?」
そう言うと、所長は笑った。 忍び笑いのように、小さく笑った。
「ちょっと違いますね」
「…………」
「あれ……、君は外因性心身障害治療施設からここには来ていないね」
「…………」
「そうか。だから資料が無かったのか。 やっと解ったよ。 2年ほど前に来た夫婦以来だよ、こんな方法で逢うのは」
所長は、やたらうれしそうだった。
「もしかして、俺の両親がここにきたのか?」
俺は呟いた。
すると、所長はどこかに電話していた。
全 無帰
