かなり、不機嫌そうな表情をしていたのだろう。
男は、ゆっくりと訊いて来た。
「ここは嫌いですか?」
俺は黙っていた。
「まぁ、いろいろ考え方がありますから、人それぞれですけど」
そう言うと、男は歩き出した。
「そうだ、せっかくだから、お友達の様子でも見に行かれたらどうですか」
俺は、少し考えたが、軽く頷いた。
「それでは、ご一緒しましょう」
そう男は言うと、かすかに笑みを浮かべた。
俺は、男のあとをついていった。木製の通路は、予想以上にしなやかで、あと数センチで水面につきそうだった。
そして、ガラスの棺おけのようなものに入っている人たちを、一人ずつ確認していった。
「なかなか見当たりませんか……」
男は、そっと呟いた。俺に気を使ってくれたのだろうか?
「なぜ、ここにいる人たちは、穏やかな表情をしているのですか?」
俺には、不思議で仕方なかった。
誰一人として、苦痛の表情は無い。むしろ、薄ら笑みを浮かべて、眠っているようだ。
「それは、まだ母親の胎内にいるときと、同じ状況を作っているからです」
俺は、耳を疑った。そして馬鹿にされている気がした。
しかし、男を見ると、真剣そのものだった。
「こんな話を聞いたこと無いですか? 波のリズムは母親の心拍数と同じだというのを。 もちろん、穏やかな状態でしょうけど」
「それがどうかしたのですか?」
「ここにいる人たちは、自然の波に揺られ、最も安定した心拍数の音を聞きながら、眠っているのです。まるで、生まれる前の自分になっているのです。ちょっと、見てもらえますか?」
男がしゃがんで指をさしたので、俺もかがんだ。
「ほら、何かイヤホンをしているでしょう? これは、心拍数の音を聞かせています。 そして、点滴がしてあるのが、彼らの食事です。 もちろん、他にも色々ありますが、企業秘密です」
「だけど、台風とかがきたときは、どうするのですか?」
すると、男は立ち上がって、遠くを指差した。
「あそこに堤防が見えると思いますが、あそこには水門があり、あそこを閉めます。それに、ここは特殊なガラス製のドームになっています。だから、安心して眠れますよ」
セールストークっぽい話し方に、俺はイラっとしたが、すぐに落ち着いた。
「正直に言いますが、今のご時世、このような施設が必要みたいですよ」
男のトーンが一気に下がった。
何か、思いつめた表情だった。
全 無帰
