あなたの宇宙をひらく。
あなたの生命がひらく。
コードオン。
希です。
今現在、少し広く知れ渡るようになり
使われるようになっている「スピリチュアル」というワードですが、
本質と違う使われ方をしている印象があります。
「スピリチュアル」
という言葉だけが、勝手な想像のもと一人歩きをしていて
「見えない世界が見えること」や
「そういう世界を味方につけること」
「そういう能力のこと」を
指している感じがしますし、
そういう能力を持っている人がスピリチュアルな人で
そこに興味を持っている人がスピリチュアルな人
のように思っているかもしれないな?と思ったのです。
それは間違い、ということではなくて、
ある一定のラインまでの意識開発のために
必要なプロセスでした。
その時代にあったスピリチュアルだった、と言えるのかもしれません。
そこから、次のプロセスへ進む時が来ています。
私は、小さい頃から特殊能力、みたいなものを持っていた
というわけではなく、
妖精も幽霊も見えませんでしたし、
実際の現物としてちっちゃいおっさんもみたことはありません。
大人になってから突然、
見えない世界の体験が自分に起きるようになり、
頭では理解できないことや
一般的には説明し難いことが起き続けたので、
小さい頃からそういう世界が見えていた、という人たちとは違い
その世界の理解のない状態から
その体験を理解するために、
学ぶことを続け
知ることを続け
何よりも
自分の体験
を通じて、
それが一体なんなのか
なぜこういうことが起きているのか
因果を追い求め、
そして
見えない世界で起きていることを含め、
人の思考と感情との繋がり
行動との繋がり
物と人との繋がり
見えないものとの繋がり
そのような霊的な事象が起きているのはなぜなのか
自分と人とで研究を続け
紐解くことをし続けて来ました。
全てわかった、などということはありません。
自分自身が追い求めて、
今現在までわかって来たことも含めたとしても、
わかればわかるほどに
果てしなく拡がる世界を知ることが出来ますし、
わかればわかるほどに
わかっていないということを知ることも出来ますので、
このような世界というのは
どこまでも深く拡がるものです。
ですので
現時点での体質や経験から、
霊媒体質と言われるような体質や
頭に映像や文章や言葉などが入って来たり
見えない世界とのアクセスもありますが、
今までの経験から、
その「直感的に入ってくる情報」
について
そこに飛び込みますが、
全て鵜呑みにもしていません。
なぜなら
「見えない世界の秩序」の理解もなく
その「因果」についての理解がない場合、
その情報は
何から得ているのか、わからないからです。
例えば
天使や龍
という言葉をよく聞きますが
あなたが思っているその「相手」は
本当にその存在ですか?
それが本物なのかどうかということは、
証明することは出来ません。
なぜなら
その判断基準を知りませんし、
その世界のルールを知りません。
その世界での計画を知りませんし、
概念も違うのです。
概念の違いによって
知りうる範囲によって
起きてくること
起こしてくる相手
は、様々です。
大天使だ、と言って近づく無邪気な小天使もいますし、
龍だ、と思える蛇もいます。
取り憑く狐もいれば、
働く狐もいます。
それは、どちらが正しいか間違っているか
すごいかすごくないか
ではなく
疑うのでもなく、
検証する必要がある
ということです。
それは単純に
知識
とも言えます。
その知識は
自らが拡大していき
ある一定まで行くと
次の段階への知識の扉が開かれます。
その知識の扉はいくつもあり
その知識の部屋にも小部屋があり
その扉を開いたかのように思えても
小部屋の扉だった
ということもたくさんあるのです。
大部屋の扉を突然開くのは
肉体を持った人間には危険が多くあるため
そのようにして開いていく方が安全策です。
どーーん!と開くと、本当にきついですから。
ですので
私は
現在世に出回っている
スピリチュアル
という概念について
きちんとした知識を持つ必要があると思っています。
スピリチュアルとは
能力のことではありません。
見えない世界が見えるようになることでも
そういうものが開かれることでもありません。
「見える」という概念が拡がることです。
結果、そのような能力は否応無しについてきます。
霊的な能力をもともと持っていたり
世の中に出回っているスピリチュアルに対しての情報に明るい人ほど
その小部屋の扉のループから出られなくなっている感じがしています。
(数年前の私ねww)
スピリチュアルとは
外からの情報を受け取るということではありません。
外からの情報を受け取って来た人は
内側に目を向け
内側に目を向けていた人は
外に目を向け
考で生きて来た人は
感に目を向け
感で生きて来た人は
考に目を向ける
現実と言われている見える世界が全てだった人は
そうでない世界へ
妄想の世界に生きていた人は
社会へ
現時点のそれぞれの立ち位置から
知らないものを知っていく。
単純に、そういうことだと、私は思っています。
なので
霊的なものが見えるひとが
スピリチュアルな人
なのではなく
自分の内側の世界も
外側の世界も
拡げていく人
その在り方が
スピリチュアルなのであり、
見えない世界が見える見えないというのは
概念が拡がるか拡がらないかであり
「見えない世界が見える」
という概念は
天使や龍や霊のようなものが
見える見えないということでもなく、
現状のスピリチュアルはゴールではなく
プロセスとして楽しんでいただきつつ、
自分にしっかり使いましょうね。
自分自身にね。
そしてまだまだその先がありますし
その奥がありますよ![]()
ということをお伝えしたいなと思った、今日でございました。
...と、ここまで真面目に書いて来ましたが、
なぜ私がこれを伝えたいかというと、
私自身が、その現在の偏った「スピリチュアル」の道をしっかりと通って来たことがあるから(笑)
そこを通っていなくて、言っているわけではなくて、
散々、アンチスピリチュアルもやりましたし、
散々、外側の神に意識を向けましたし、
スピ系の能力開発にはまった時期もありました。
今も役立つものもありますが、
違うなこりゃ、というものもたくさんありますし、
それが危険を伴ったり
それが新たな扉を開かなくなるのだということも知りました。
何よりそういう能力云々が全てではないのだという事を知り、
その修正をすることが出来ることも知り、
検証も続けています。
お世話になった業界だからこそ、
次に進めたい。
その小部屋から次の扉を開ける何かとなるのなら
嬉しいことです。
そして、
私が正しいかどうかということも
どうでもよいことです。
あなたの中で
これは真実かもしれない、と思うのでしたら
その方向で検証してみましょう。
もしあなたの中で感情的な動きがあり
この記事を否定したい気持ちになったのなら
そこには新たな鍵があります。
そこをしっかりと検証してみましょう。
スピリチュアルを愛して来たからこそ、
スピリチュアルの、その先へ。
コードオン。
一緒に、その先へ、進みましょ![]()
希でした。
対面セッション8月、残席8枠です。