算命学では「宿命通りに生きる事」が大前提ですが、
宿命通りに生きることが難しく
それに縛られると
「生きづらさに繋がる」と私は考えています。
ですが、この宿命に家族の関係性を当てはめて
縛られている人がいたり、
宿命通りの生き方に
今の自分が合ってないとなると
自分自身を否定してしまう人がいます。
なぜ縛られたり、自分を否定してしまうことになるのか。
宿命通りに生きることは「授かった通りに生きる」ということ
宿命通りに生きるとはどういうことか。
それは授かった通りに生きることなので、
生年月日から分かる
性質を活かしながら、
生き方もその通りに生きていくということになります。
例えば
本人の意思に関係なく
結婚をした方が良い宿命となれば
自分が結婚したくなくても結婚をする。
家族の関係性でも、
親子の相性が良くない宿命と知ったら、
仲が良くても離れる。
これが「宿命通りの生き方」です。
宿命通りに生きることが大前提と言われても、
全ての人が
宿命通りに生きることは難しい。
環境によっても結婚に関して、
それ以外の事に関しても
自分の意思も加わって変わってくるはず。
命に宿ると書いて「宿命」
これは一生変えられない部分。
ということは
「宿命通りに生きましょう」と言われたら、
必ず宿命を守らなければならず、
その通りに生きなければならない。ということに
縛られてしまいます。
そうなるとどうなるのか?
宿命に当てはめすぎて、自分を出せなくなり、
家族間の関係性もギクシャクし、
結果的に生きづらさに繋がります。
宿命通りに生きることに縛られると「生きづらさ」に繋がる
今の時代は昔と違って
女性も世に出て活躍できる時代になっています。
子育て中は家にいて家事、育児に勤しむという人は少数派なはず。
ということは
「算命学で見て家庭的な性質を持っている」と言われても、
外で働く人生を選んでいたら、
当てはまらないけど、今すぐ家庭にも入れないとなり
どうすれば良いの?と余計に戸惑い、
将来に対して不安になるだけではないでしょうか?
これが、「本来持つ宿命とは違う生き方をしている」となり、
今の自分の生き方に迷いが出て、
生きづらさに繋がるということです。
宿命通りにと言われても、
その生き方ができないこともある。
これは現実に起こり得ることです。
「生き方の傾向」も同じです。
積極的に生きるよりも
流れに任せて受け身で生きる方が向いていると
なったとしても、
自分で事業をやっていて、
営業に出向いたり、
自らアピールをしなければならないような
働き方をしていたら、
受動的な生き方が向いていると言われても、
当てはまってないな。
なにかが違うとなり、
今の積極的に動く生活からどうやって
受動的に変えればよいのか?
一体どうすればよいのか?
「それが宿命通りの生き方だからと言われても
できない」となり、
余計に不安が増えて、生きづらさに繋がります。
「家族の関係性」においても、
自分と我が子の相性が悪いと知ってはいるけど、
今は関係性が良好。
だとしたら
ここから先どうすればよいのか?
距離感が近すぎるのはダメなのか?
相性が悪いということは
仲良しだとこの先なにか起こるのか?
というようなことになりかねません。
では、宿命通りの生き方に縛られず、生きづらさを感じずに
生きていくためには
どうすればよいのでしょうか?
生きづらさに繋がらないようにする策は、「見る角度、捉え方」を変えること
宿命通りに生きることで
生きづらさに繋がらないようにする策は
「見る角度、捉え方」を変えてみる事です。
例えば
繊細な性質が自分の宿命だとしたら、
それは変わらないので一生持ち続けていることになりますよね。
となると、
鑑定を通して自分は繊細だと意識をして
生きていくことは大切です。
ですが、もしも繊細な自覚が自分の中になくて、
特にそれに対して生きづらさを感じていないのであれば
繊細だと大騒ぎするよりは、
自分が思っていたのと違う気がするけど、
繊細なんだなくらいで、
何も変えずに現状維持で行く方が
「生きやすさ」に繋がるはずです。
大切なことは、
「宿命に縛られずに生きる事」であり、
生き方に正解も不正解もないので、
「自分がその繊細な性質をどのように捉えて、
どのように人生に活かすのか」
ということだけです。
これは他のどんな性質の生き方も同じです。
現状維持で生きていく中で
もしかしたら自分の中にある繊細さに
気付くときが来るかもしれません。
となれば、そこで初めて
「自分の宿命が腑に落ちる瞬間」がやってきます。
すぐじゃなくても良いし、
今の自分の生き方を変えてまで
宿命に合わせようとしなくても良い。
そいういう捉え方で
宿命を自分の一部として考えることができると
「宿命通りに生きなければ」から解放されて、
生きづらさに繋がることはないはずです。
「自分の宿命が腑に落ちる瞬間」それは「運命」ともリンクしている
自分の宿命が腑に落ちると、
自分が納得した上で
命に宿る宿命を受け入れることができます。
腑に落ちるまでに時間が掛かることも
あるかもしれませんが、
自分で自分の事を客観視できて初めて
算命学で見る
自分の宿命が腑に落ちるはずなので、
もしも腑に落ちたと感じる瞬間があれば
そこをスムーズに受け入れてください。
そして、本来命に宿るものが腑に落ちるということは、
自分で変えていくことができる「運命」とも
リンクしていることがあるはずです。
例えば
運命は自分で選択することができる部分なので
転職を考えた時に
給与面よりも自分がやりたいことを
優先して動いた結果
軌道に乗りスムーズに事が運んだとします。
本来持つ宿命を見てみると
給与面や地位、名誉よりも
自分の生きがい、やりがいを優先する方が大切だということが
分かったとしたら、
自分の運命で選択したことと、
生まれ持つ宿命が合致することになり、
「宿命と運命がリンクすること」に繋がります。
ここが繋がると必ず生きやすい方向に向かいます。
だからと言って
むりやり宿命と運命を近づける必要はないし、
リンクさせようと意識する必要はないし、
宿命と運命が遠く離れていても
それが悪いわけでもないです。
算命学は
「良し悪しで判断しない」のが基本的な考え方なので、
リンクしてもしなくても
どちらの生き方を選択していても
それが自分の人生であって、自分で歩む道です。
生きづらさを少なくするには
宿命と運命をリンクさせる形が理想ですが、
現実はそうはいかない時もあるからこそ、
宿命に縛られずに
いかに自分の命に宿るものを
上手く指針として取り入れるのか?を
考えて策を練る方が
大切だと私は考えています。
ちなみに実際の体感として
鑑定士である私が
宿命通りに生きているかと言われたら
100%そうではないですが、
算命学と出会い、
生きづらさからの脱皮ができて
自分がどういう性質を持っているかを
把握しておくだけでも
プラスに働くことは多いなと実感しています。
これまでに鑑定を受けて、
「あなたの宿命はこれだから」
「あなたはこのように生きるのが正解だから」
というようなことを言われて、
落ち込んだり、
余計に生きづらさを抱えてしまったり、
不安が倍増したという経験がある人。
ネット検索やAIで自分のことを調べて、
思っていたのと違い
冷や汗タラタラで何が正しい情報なのかが分からなくなり、
ここから先の将来に不安しかない人。
そんな人がいたら、
「生き方に正解なんてなくて、
宿命通りに生きようと合わせる必要もない。
だけれども、
宿命と運命の距離が近い方が生きづらさは少なめになる」
ということを
頭の片隅において生きてください。
どうしても不安や悩み、迷い、冷や汗が止まらない方は
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