「うわ!なに?なにー?!」
雅紀の悲鳴が聞こえて、俺とは反対の方向からひょろっとした色の白い子が泣きそうな声でなにか叫びながら走ってくる。
「ちょっ.......くすぐったいって!」
あひゃひゃひゃひゃ!って雅紀の独特な笑い声が響く。
ふさふさの尻尾をぐるんぐるん振り回しながら変わった模様のシェルティーが雅紀にじゃれついていて、雅紀も嬉しそうにしているのを確認してほっとして足を止めた。
「シュピ!ストップ、ストップ、ストップぅぅぅぅー!!!!
申し訳ございません!お怪我はございませんか?
シュピ、カム!」
シュピと呼ばれた犬は、雅紀とその人の顔を交互に見てから、雅紀の横に跪いたその人の横にとぼとぼと歩いて行って、ちょこんと座った。
「あ、大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど」
「えっ.......」
雅紀も相当可愛い方だとは思うけど、雅紀の顔を見て驚いているその人も男なのか女なのか.......
「あの.......?」
「あぁっ、大変失礼致しました。
そっか、シュピ、間違えちゃったんだね.......御前様にそっくりだけど、違う人だよ?
あの、当家の犬が大変失礼を致しました。
お怪我はございませんか?
お召し物は当家でクリーニングさせていただきますし、お買い替えの方がよろしければ、そのようにさせていただきます。
時間が経ってからどこか痛むことがあったりするかもしれませんので.......
その際には、こちらへご連絡頂ければすぐに病院へ検査の手配をさせていただきます」
申し遅れました、伊野尾と申します、と金色の名刺を取り出して深々と頭をさげたその人に雅紀も相葉ですと名前を告げて慌てて顔を横に振る。
「え!そんな、いいです、いいです!
怪我もしてないし、服だってワンちゃんいなくても僕よく転ぶんで、これくらい普通に汚れたと思いますし、普段着だし、全然大丈夫ですっ!」
「いえ、私の落ち度でご迷惑をおかけしましたので.......」
伊野尾、と名乗った人はまたさらに頭を下げて名刺を雅紀の方へ差し出した。
困った顔で俺を見る雅紀の肩をぽんと叩いて、名刺を差し出した状態で固まっている伊野尾さんの手から名刺をそっと引き抜いた。
「大丈夫か?雅紀」
「まさき.......?って、えぇ?!かげっ.......えぇ?!」
俺の声に顔を上げた伊野尾さんは、俺の顔を見て更に驚いた顔をして、金魚みたいに口をぱくぱく動かした。
「どうかされました?」
「あ、いえ.......この度は相葉様に大変なご迷惑をおかけしまして.......本当になんとお詫びを申し上げたら良いか.......いつもは人様に飛びかかったりなんて、御前様の命令がなければそんな事は絶対にしない子なんですけど.......」
「.......ごぜん.......さま????」
「.......はい.......」
伊野尾さんはしょんぼりと視線を落として、犬をわしゃわしゃ撫でている雅紀の背中をじっと見つめている。
『ゴゼンサマってなんですか?』なんて聞くのはちょっとはばかられて、開きかけた口を閉じた。
「伊野尾さん、僕、ワンちゃんとフリスビーやってみたかったんです!だからさっき、シュピちゃんがすごい勢いで飛んできてフリスビーキャッチしたの見て感動しちゃいました!もう1回やらせてもらってもいいですか?」
「それはもう、ご迷惑でなければ.......」
「やった!しょーちゃん、俺、もうちょっと知念くんとシュピちゃんと伊野尾さんと遊んでくるね!」
「ええ?!私もですか?!」
驚いている伊野尾さんの腕を引っ張って、雅紀が走っていく。その後ろを『シュピ』という名前らしいシェルティーが嬉しそうについて行って、
『シュピちゃん、いくよー!』って、雅紀が投げたフリスビーを軽やかにジャンプしてキャッチした。
「どしたの?大丈夫?」
「いや、あの犬がさ.......雅紀と遊びたかったみたい」
「サク、ほんと相葉くんのこととなると周り見えなくなるよな」
さっき、サクが放り投げていったやつ、無事キャッチしてやったんだせって、笑いながら缶ビールを差し出した松本が、俺の肩越しに伊野尾さんから受け取った名刺を覗き込んだ。
「え、なにその名刺.......」
「いや、あの人が雅紀の服汚しちゃったからクリーニングしますって.......連絡先ですって渡されたんだよ」
「.......怪しくね?」
「.......だよな.......」
人の良さそうな伊野尾さんからは想像できないワードが書かれた名刺を松本と無言で眺める。
大体、名刺が金色って時点でもう怪しさ満点だけど。
「わー!伊野尾さん、松本さんごめんなさい!」
「下手くそか!侑李!」
知念くんの投げたフリスビーが松本の方へ飛んできて、フリスビーを受け取りに来た伊野尾さんが今度は松本の顔を見て『嘘でしょ』って、泣きそうな声を出した。