……いったい、何が起きてるんだろ。
頭が真っ白になって、ドキドキしている自分の心臓の音しか聞こえない。
どんどん上がる体温と、ふわふわしだした思考回路に、さっきまで気が張っていて気が付かなかっただけで、もしかしたら相当酔ってて、櫻井さんも酔ってて、これは俺の妄想なのかもしれないとか、そんな事を頭の片隅でぼんやりと思う。
だけど、唇に触れているぬくもりは、夢なんかじゃなくて……
「さくらいさん……酔ってる……?」
自由になった唇から出た言葉に、櫻井さんがぴくりと体を揺らして、俺から離れた。
「酒のせいにできたらいいって、何度も思ったよ」
足元のビニール袋から缶ビールを取り出して、ソファの前の床に座った櫻井さんの隣に少し迷ってからゆっくりと腰を下ろす。
「お前のこと、いい奴だな、可愛い後輩だなって思ってたんだ、最初は。
もともと会社の中ですげぇ評判良かったのは知ってたし。
けどさ、会ってみたら想像以上に可愛くていいヤツで……ほんと、一緒にいて楽しくてさ」
『はい』って渡された缶ビールのプルタブを開けて口をつけた。
櫻井さんが話してるのは、俺のこと、なんだろうか……さっきといい、今といい、一体何がどうなってるんだろう。
「ごめんな?雅紀の話を聞くって言ってたのに、俺が話してて」
「……いえ……」
正直、それどころじゃないっていうか……いまの状況をどう把握したらいいのか分からないから、櫻井さんが話していてくれる方がありがたい。
「……でさ、しばらくしてから言われたんだよ、さくらに……あ、さくらって元奥さんね」
「えっ……さくら……?え?!さくらさんって、SAKURAさん?!」
驚いた俺を見て、櫻井さんがにやりと笑う。
「この間、契約書に『櫻井さくら』って書かなくて済んで良かったって笑ってたぜ」
「……え、ほんとに???あー、でも確かに『櫻井さくら』はパンチあるなぁ」
「だろ?」
櫻井さんと顔を見合わせて笑ったけど、胸の奥がザワザワと音を立てる。
櫻井さんとSAKURAさん……同じようなタイミングで同じような事が起きる事もあるんだなって思ってたし、もしかして?なんて思ったこともあったけど……まさか本当にSAKURAさんが櫻井さんの奥さんだったなんて……
『悪い人』にしたかった奥さんの姿が、SAKURAさんと重なったら、『悪い人』なんて思えるはずもなくて、ちくんと胸が痛む。
「さくらもコンペで選んだ案が雅紀のだって知ってびっくりしてたよ。雅紀に会いたがってはいたけど」
「え?」
「俺が惚れるってどんな奴なんだって気になったみたいでさ」
「えぇ?!」
いま、なんか……
さらっと爆弾発言があった気がするんだけど。
俺をちらりとみて、フッて息を漏らして笑う櫻井さんに、俺の心臓がどくんって音を立てる。
「俺より先に、さくらが気がついたんだよ。俺が雅紀に惚れてるって。
雅紀の話をしている時の俺が、すごく楽しそうで幸せそうだって。私といる時はそんな顔見た事ないって言われちゃってさ……」
櫻井さんの声はきちんと届いているのに、それが文字になって意味をなす文章になるまでに時間がかかる。
頭も心もふわふわして、まるで現実味がないけれど……
いま、聞こえた言葉が本当にその通りだとしたら……
さっきのキスは、ほんとのキスだったの?
だとしたら、もう……
「櫻井さん、俺……」
「なに?」
櫻井さんが優しく笑う。
もう、俺が櫻井さんへの気持ちを隠す意味なんてないってことだよね?
もう、言っちゃっていいってことなんだよね?
「……俺、櫻井さんのことが、好きです」
「ふふ、うん。俺も好きだよ」
床に置いていた手に櫻井さんの手が重なって、自然と近づく距離にそっと目を閉じた。