「なんか、すみません」
「お前が謝る必要はないだろ。ホテル側のミスなんだから……お陰でスィートルームにアップグレードしてもらえたし、ラッキーじゃん」
俺を振り返ってにっこりと笑った櫻井さんが、くいっとネクタイを緩めた。
「ほら、そんなとこに突っ立ってないで、お前も早く入れよ」
「は、はい……」
いや、気まずい。
気まずいなんてもんじゃない。
櫻井さんとふたりで出張ってだけでも緊張すんのに、ホテル側の手違いで部屋がひとつしかあいてないとかありえないっつうの。
俺は違うホテルで部屋探しますって言ったのに、櫻井さんが爽やかに『俺の部屋、ツインなんだから、お前もそこに泊まりゃいいだろ』なんて言っちゃうから……
そんで、恐縮しまくりのホテルの人達が、わざわざ部屋をアップグレードしてくれちゃったりしたもんだから……
一歩間違えたらラブホじゃねぇ?みたいな……いや、一歩どころか百歩間違えてもそんな下品になる感じは微塵もないんだけど。
そんなゴージャスな部屋に櫻井さんって……もう、どっかの王子様の部屋にうっかり間違えて入り込んじゃったみたいな、すんげぇアウェー感満載なんですけど。
「なんだよ、取って食いやしねぇよ」
「……何言ってんですか」
そんなこと1ミリも思ってないけど。
そんだけイケメンで、仕事もできて、オンナに苦労なんてしたことないでしょ。
しかも、左手の薬指に光る指輪。
手に入らないと思うから余計カッコイイとか、同期のオンナノコたちはそんなこと言ってたし。
俺がオンナノコだったら……
すんげーかわいいか、すんげー美人なオンナノコなら、なにか間違いがあってもいいんじゃん?なんて思っちゃったりするのかもしんないけど……
なんて、そんなことを考えていたからか、櫻井さんの肩越しにちらりと見えた見るからにふかふかそうなでっかいベッドを見て、変な汗が出る。
「よし、行くぞ」
さっきテーブルの上に置いたばかりのカードキーを持って、櫻井さんが俺を見て笑う。
「へ?行く?行くって、どこに……?」
「どこって、メシに決まってんだろ」
「あ!メシ!」
櫻井さんはご当地のものを食べたがるからって松本さんに聞いてたのに、資料作りに追われて、メシのことなんてすっかり頭から抜け落ちてた。
オマケにこの部屋でテンパって、晩飯がまだってこともすっかり忘れてた。
「同級生がこの辺住んでてさ、オススメの店教えてもらったからそこでいい?ってか、もう予約しちゃってるから、悪いけど付き合って?」
「あ、は、はいっ!!」
本当は、俺がちゃんとリサーチしておかなきゃならない事なのに……
「相葉くん、なんかダメなもんある?ごめんね?勝手に決めちゃって」
「いえ、なんでも大丈夫です!」
「ほんと?よかった!鶏肉がめっちゃ美味いらしくてさ、すんげー楽しみにしてたんだよね」
そう言って笑いながら、俺の肩をぽんって叩いて櫻井さんがドアを開ける。
……うん、そう、そうなんだ。
櫻井さんがモテるのは当たり前なんだよ。
かっこよくて、仕事が出来て、気遣いもできて、後輩や部下にも偉そうにすることなんてなくて……だから、オンナノコたちだけじゃなくて、密かに俺も憧れてたりするわけで。
慌てて櫻井さんを追いかけて部屋から出た俺を見て、櫻井さんが ぶは!って笑う。
「お前、それ背負ったまんま行くつもり?」
「へ?あ!置いてきますっっっ」
まだ肩にかけたまんまだった でっかいカバンを持ち直して、俺のためにドアを開けてくれた櫻井さんに『すいません、すいません』って言いながら部屋に戻って、カバンを投げるように床に下ろした。