すこー、すこーって、気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
完全に寝てるのに、俺の右手は掴まれたまま。
「ねぇ、櫻井さん……スーツ、脱がないとしわくちゃになっちゃうよ」
手を外して、ネクタイを外してあげなきゃって思うのに、掴まれた手はそのままにしてベッドの横にしゃがみこんだ。
「くふふ、ぶっさいくー」
うつ伏せで寝ているから、せっかくの整った顔の右側がマットレスに押されて潰れている。
左手をそっと伸ばして、額にかかった前髪をそっとすくうと、思いの外柔らかいその髪に小さく鼓動が跳ねて、慌てて手を引っ込めた。
「俺……酔ってるよな、やっぱり」
俺の右手を掴んだままの櫻井さんの手を見つめながらぼそりと呟く。
客観的に見て、お世辞抜きに櫻井さんはかっこいいと思う。
白い肌にぱっちりした二重とふっくらとした唇で、どちらかと言えば『可愛い』顔立ちと言えるのかもしれないけれど。
だけど、中身は……仕事に対する姿勢は、真面目で厳しくて、誰よりも自分に厳しいその姿勢は、本当にかっこいい。
……そんで、俺は……
そのかっこいい先輩に腕を掴まれて、ひとりでドキドキしてるとか
薄暗い部屋の中で床に座って、至近距離で、その穏やかな寝顔を眺めてるとか……
「……キモ……」
傍から見たら、とんでもない絵面だってわかってる。
だけど、なんだけど……
どうしても掴まれた右手を動かせない。
居酒屋で聞いた話が、どこまでが本当で、どこからが俺の妄想なのか……かなり記憶が曖昧だけど。
「ふわぁ……」
気持ちよさそうな寝息につられて、でっかいあくびが出た。
早く櫻井さんのスーツを脱がして、俺もスーツを脱がないと……
そう思うのに、身体は意志に反して櫻井さんの寝ているベッドの端っこに頭を乗せて目を閉じる。
やっぱり、酔ってるな……
支社長にもたくさん飲まされたし、さっきの日本酒も美味くてたくさん飲んじゃったし。
櫻井さんが先にできあがっちゃったから、ちょっと気が張ってたってだけで、このふわふわした気持ちもきっと、酔っているからのものなんだ。
だって、そうじゃなきゃ……
男どうしだし
職場の先輩だし
そんな人相手にときめくとか、ほんとにどうかしてる。
……でも、この人のそばにいたいと思ったのは、ホント。
『無関心』って思わせちゃうような、そんな薄情な人とじゃなくて、俺と一緒に……って思ったのは、ホント。
だから結局、俺はどうしたいんだろって訳わかんなくなるのはきっと、酔っているせいなんだ。
うん、そうだ。
そうに決まってる。
明日になればきっと……
重たい瞼を開けて、右の手首がまだ掴まれたままなのを確認してから、今度こそしっかりと目を閉じた。