「おおー、貸切だなー。朝から贅沢~!」
下を向いてシャカシャカと頭を洗っていたら、視界に櫻井さんの足が入ってきて、それだけでまた俺の心臓がどきんって小さく脈打った。
そのまま櫻井さんが隣のシャワーをひねって、椅子に座る。
誰もいないのに、なんで隣?!って、焦ったけど、離れたところに行かれたら、それはそれで寂しいなって思い直して、また手を動かした。
俺の右足の横に並んだ櫻井さんの左足。
どこをどう見たって男の足、なのに。
指先からくるぶし、ふくらはぎって辿っていったら、やっぱり俺と同じモノが同じところにあって、そんで、胸だって真っ平らで……
思考のとおりに視線を動かしそうになって、慌てて頭からシャワーを浴びた。
「相葉くん、なんかスポーツやってんの?」
「え?」
突然かけられた声に顔を上げたら、鏡越しに櫻井さんとばっちり目が合う。
「細いだけかと思ったけど、結構筋肉ついてるからさ」
「あぁ……昔は野球とかバスケとかやってたんですけど、なかなかメンツが揃わなくなっちゃったから……今はたまに走ったり、筋トレしたりするくらいです。櫻井さんこそすごいじゃないですか」
「営業は体力勝負だからな!」
「確かにそうですよね~」
スーツを着ていても、ちゃんとメンテナンスしているんだろうなと分かる櫻井さんの身体は、やっぱりすごく逞しくて。
抱きしめられたらどんな感じなんだろうって思った自分にハッとして、適当に返事をしてから櫻井さんの身体を見ないようにして、ゆっくりと浴槽に沈む。
……ダメだ
俺、本当にどうかしちゃった。
だってもう、さっきからドキドキが止まんない。
こんなことって、ある?
今までは、職場の先輩ってだけだったのに。
ちゃぷんってお湯が揺れて、櫻井さんが俺の顔を覗き込む。
「どうした?」
「……なんでもないです」
「……大丈夫か?」
大丈夫なわけ、ない。
さっきからもう、心臓がバクバクしっぱなしで。
「……昨日、ごめんな」
思いがけない言葉に、戸惑いながら櫻井さんを見上げる。
「ごめん……?」
「いや、記憶はおぼろげなんだけどさ、相葉くんに愚痴ったみたいになっちゃったからさ……その……奥さんとのこと、さ」
ちくり、と胸が痛む。
「いえ……俺の方こそ……変な事聞いちゃってすみませんでした」
「いや、いいんだよ。本当のことだし……多分、
俺も誰かに聞いて欲しかったんだ、ずっと……」
今度はきゅうって胸が痛む。
「別れ……ないんですか?」
「え?」
「なんで一緒にいるのかわかんなくなっちゃったんなら、一緒にいなくてもいいじゃないですか」
「……え……」
それで、何故だか腹が立って仕方ない。
櫻井さんにそんなこと言わせる奥さんにも
そんなことを言いながらも、そのまんまでいる櫻井さんにも
そして、そんなふうに思う自分自身にも
「……あの……無責任な事言ってすみません」
「あぁ、いや……」
「……」
「……」
櫻井さんと並んで座ったままで、ゆらゆらと揺れる水面を見つめる。
バカだ、俺。
俺になにかできる訳でもないのに。
悔しいんだか、情けないんだか、悲しいんだか、自分でも訳がわらなくなって、うっかり滲んだ涙をぎゅって両手で顔を拭いて誤魔化した。