「ねぇ、翔さん……いい加減不便じゃない?」
「慣れたらそうでもねぇよ?」
「ほんと、翔さんってすげぇよな」
少しの現金しか入っていない俺の財布を見て、ニノと潤が心配そうな声を出す。
「翔くん、今日は俺が奢るから……」
「やった!」
「ごちそうさまです!」
「お前らじゃねぇよ!翔くんだよ!」
財布から札を抜こうとした俺の手を 智くんがいいからいいからって押し戻した。
「昼間、銀行やられてたんだろ?」
「ああ、でも……きっと明日には戻ってるよ」
「もう、本当に申し訳ない」
「いいんだって、智くんのせいじゃないし」
深々と頭を下げる智くんの肩を笑いながら叩く。
あれから、『神』の噂は聞かなくなった。
『tempest』もとい、相葉くん……は、たまにネット上に現れては『DOORS』のソフトの機能向上に貢献していて、ニノは『くっそ面白くない』とか言いながらもどこか嬉しそうだ。
そして、俺と相葉くんの攻防は、あれからずっと続いている。
そのお陰で、クレジットカードも使えなければ、銀行の残高すらも、ある日突然消えていたりするけれど。
「翔さんってさ、ほんと、お人好しだよね」
「いや、なんかもう……ここまで来ると意地だよね。どっちが先に諦めるかってさ」
「俺はそんなの、絶対嫌だけどなぁー」
「今度会ったら、きっちり言っておくから……雅紀のやつ、俺からの電話とかメールとか尽く着信拒否しやがって……」
ちょっと前までは、さとちゃん、さとちゃんって可愛かったのに~って泣き出した智くんの背中を『はいはい、おじさん、泣かないの』と言いながら、ニノがペちペちと叩く。
「けど、もう1年になるでしょ?」
「もうそんな経つ?」
結局、全員分の支払いをしてくれた智くんのクレジットカードを店員からニノが受け取って、カバンに財布を戻してやるのを眺めながら、潤がまた『すげぇよなぁ』と呟いた。
「翔さん、相葉くんに愛されてんだね」
「いやぁ、若者の考えてることはわかんないよな。1年経っても、さ」
「ちょっと潤くん、おじさん運ぶの手伝って!」
すっかり泣き上戸になった智くんを背負ってよろよろしているニノに呼ばれて、『じゃ』って手を挙げた潤に『おぅ』って短く返事をして、3人とは反対方向へ歩きだす。
しばらくして、震え出したスマホをポケットから取り出した。
「まだ諦めねぇの?智くん、泣いてたけど」
『どうせまた酔っ払いでしょ?そっちこそ、さっさと諦めなよ』
「俺は別に困ることなんてないけど」
『ほんとに櫻井さんって腹立つよね!じゃあね』
プツリと途切れた通話に苦笑して、またポケットにスマホをしまって改札を抜ける。
……あれから、変わったことといえば……
『DOORS』の仕事が、表立って政府やらなんやらの重要な機関のセキュリティ対策をすることになったこと。
嫌な感じだったあの警察の……岡田さんが、実はすげぇいい人だって分かったってこと。
『tempest』から俺へのメッセージが電話に変わったこと。
『tempest』が『相葉くん』に変わったこと。
「……あ……」
ふと見上げた自分の部屋に、たまに電気がついていること。
勝手に開くオートロックにも、もう慣れた。
「おかえり~」
「また勝手に入ってんのかよ」
「いいじゃん、別に」
「良くねぇわ。不法侵入だろが」
「櫻井さん、俺が鍵持ってること知ってるんだから、別に問題ないでしょ?」
金髪から茶色になった髪の毛をさらさらと揺らして、相葉くんが首を傾げる。
「お前な、どんな思考回路してんだよ。てか、勝手に作った鍵、返せ。それで、智くんにもちゃんと連絡しろ」
「櫻井さんが俺のもんになってくれたら、いいよ」
「だから、どんな思考回路してんだよ」
するりと腕を絡めた相葉くんのおでこをぺちっと叩いたら、『いてぇ』って言いながら、楽しそうに笑った。