「あれ、気のせいだったかなぁ?スマホ鳴ってた気がしたけど。
俺、ちょー耳いいみたいで、電車の中とかでも誰かのバイブが鳴ってるの、気がつくんだけどなぁ」
くるんと瞳を動かして笑うその顔には、もう影のように暗い部分は見当たらない。
くるくると変わる表情に、思考回路がついていけなくて戸惑う。
もしも、相葉くんが『tempest』や『神』だったとしても、俺にはなんの関係もないはずなのに。
「へぇ……そんなに耳がいいと疲れそうだね」
「うーん、いつも聞こえてるわけじゃないっていうか、気になる音ってあるじゃん?」
ぴょんと飛んで立ち上がった相葉くんが、空になったペットボトルを小さく振って、捨ててくるね!と言って自販機の方へ走り出した。
その背中を見送って、内ポケットからスマホを取り出す。
『もうひと息』
現れたメッセージにため息をつく。
別に俺は、『tempest』や『神』の正体を知りたいわけじゃない。
何故俺に固執するのかっていうのは確かに気になるけれど、きっとそれだって明確な理由がある訳では無いだろう。
ふと目の前に人が立つ気配がして、暗くなった画面に細い指が触れた。
また明るくなった画面に『もうひと息』の文字が浮かぶ。
「『もうひと息』だって。答え合わせ、しようか?」
「……え?」
「櫻井さん、ぐるぐるいろんなこと考えて、なかなか正解にたどり着かなそうだからさ」
思わず見上げた相葉くんの瞳は、また何も映していないような暗い色をしていて、暑いくらいの日射しの中にいるのに、ぶるりと身体が震えた。
「答え合わせなんて……『tempest』が相葉くんだろうと、『神』が相葉くんだろうと、俺には関係ない」
「関係ないの?」
「なんで俺に執着するのか、とか、なんでそんなことするのかっていうのには興味あるけど」
「それだけ?」
つまらなそうに口を尖らせた相葉くんが、くるりと身体の向きを変えて、すとんと俺の隣に腰を下ろした。
「なぁ、なんでそんなことすんの?」
「……そんなの、楽しいからに決まってんじゃん。それ以外に理由なんてある?
全部、思いどおりだもん。笑っちゃうくらい簡単に動くんだよ」
相葉くんが手を伸ばして、俺のスマホを持ち上げた。
「これさえあれば、なんだって出来る。他の誰かになることも、誰かを消すことも、ね」
「……消すって……無理だろ、そんなの。『何でも』は出来ねぇだろ」
俺のスマホを持ったまま、相葉くんがくふふと笑う。
「出来るよ」
「だから、出来ねぇって」
「じゃあ、櫻井さんは、これ要らないの?」
スマホがなくなって、空になった手を膝の上で組んだ俺に、相葉くんが楽しそうに聞く。
「仕事上連絡がつかなくて困ることはあるかもだけど、別になくても困らないよ。それには大事なデータはなんにも入れてないって、相葉くんも知ってるだろ?」
「そうなんだよね……ほんと、つまんない」
ぽいっと俺の手にスマホを投げて返して、ベンチの上に足をあげて両腕で抱え込んで座り直した。
「ねぇ、どうしたら手に入るの?」
「何が?」
「櫻井さんのデータ」
相葉くんの言葉に、盛大にため息をついてから、スマホを内ポケットにしまう。
「そう簡単に渡すかよ…っていうか、データ集めたってお前は俺にはなれねぇだろ。画面の上だけでは俺になれるかもしれないし、全てのデータを使って、俺を生活出来なくさせることも可能だろうけど、でもそうされたからって、俺は消えないし、俺は俺のままだ。所詮、バーチャルはバーチャルなんだよ」
「櫻井さんって、ほんと、腹立つね」
顎を腕に乗せたまま、相葉くんが俺を見てニヤリと笑う。
「そりゃどうも」
にやりと笑い返せば、相葉くんがふと真面目な顔に戻って、足をベンチから下ろした。
「……櫻井さん」
「ん?」
カフェオレの甘い匂いのする唇が俺の唇に一瞬だけ触れて、ゆっくりと離れていった。