『ああ、やっぱり帰る?』
電話の向こうで二宮さんが笑う。
『けど、帰る前に俺にも付き合ってよ』
最上階のラウンジにいるからさって切れた電話に舌打ちをして、エレベーターのボタンを押した。
「お、きたきた」
顔見知りのバーテンダーに会釈をして、窓側の席に座る二宮さんの前に腰掛ける。
「満たしてやってくれた?」
運ばれてきたビールをグラスに注ぎながら、二宮さんがにやりと笑う。
「『満たす』が、何を意味するのかは分かりませんが、俺の気持ちは、ちゃんと伝えてきました」
「ふふ。櫻井さんらしいね」
カチンとグラスを合わせて、今度は楽しそうに笑う。
「……二宮さんが仕組んだんですか?」
「え?なに?」
「こうなるように仕向けたのは、貴方でしょ?」
おどけた顔で肩を竦めてから、トン、とグラスを置く。
「そうなったらいいなぁと思ってたけど、人の気持ちなんてどう動くかは分かんないからね。
まーくんがアンタを気に入ってたのは知ってた。アンタが信頼出来る男だってのも、分かった。
だから、必要な手助けはした。それだけじゃん」
皿の上のナッツを数個、口の中に放り込んで、窓の外を眺めながら二宮さんが言う。
「言ったろ?俺には『相葉雅紀』を守る義務があんだよ。けど、まーくんの笑顔までは守りきれねぇんだよ」
横目でちらりと俺を見て、口角を上げた二宮さんがビールの入ったグラスを空にした。
「まーくんを頼むね、櫻井さん」
俺は少し口を尖らせて、その言葉に頷いた。
「なんだよ、不満なのかよ」
あははって二宮さんが声を出して笑うから、無言で首を横に振った。
「……いや。二宮さんには感謝してる。雅紀にも」
お?って顔をして、二宮さんが俺の方へ身体を倒した。
「いろんな忘れてた気持ち、思い出したんだ。
人を好きになるってことも、仕事が楽しいってことも、全力で頑張るってことも……」
「ふふ。うん。すごいでしょ、あの人」
「すげぇ、尊敬してる。だから、俺も負けないように頑張るし、あの笑顔をいつまでも見ていたいってそう思う」
「よろしく頼むね、翔やん」
二宮さんが、俺の肩をぽんって叩きながら立ち上がる。
「まだまだなんだよ。まだまだテッペン超えてくんだ、あの人は」
二宮さんの言葉に頷いた俺を満足そうに眺めてから、『じゃ』って、ひらひらと手を振って二宮さんが歩いて行く。
息を吐きながらソファに凭れて、窓の外に広がる夜の街を眺めた。
「こんな景色、なのかな」
雅紀が立つステージの上。
無数に光るペンライトの波。
夢のような現実の世界。
けど、そこに生きる雅紀は、雅紀だ。
俺たちと変わらない。
努力をして、色んなことを考えて、必死に生きてる。
だからこそ、笑顔であの場所に立てるんだ。
それは、俺も同じ。
努力しているからこそ、デスクに立てる。
「俺も、負けらんねぇぞ」
窓に映る自分を睨みつけてそう呟いてから、グラスに残ったビールを一気に喉に流し込んで、席を立った。
