『櫻井、タクシーはバックヤードに回すから、バックにご案内して』
イヤモニから大野チーフの声が聞こえる。
「あ、はい」
『様子はどう?』
「少し落ち着かれたように見えますが」
ティーカップをテーブルに戻して、ソファの背もたれに身体を預けるようにして、壁に飾られた絵を眺めている彼。
『タクシーがついたらまた連絡するから、櫻井はそこに待機してて』
「はい」
チーフとの連絡が途切れて、綺麗な横顔を見つめた。
彼は一体、何者なんだろう。
「少しお休みになられますか?私は部屋の外で待機しておりますので、何かあったら……」
「だめ!」
ティーカップを下げようと伸ばした手を彼が掴んで、その後にハッとした顔をして手を離した。
「ごめんなさい。なんでもないです……ありがとうございます」
「ここにいた方がよろしいですか?」
深入りは厳禁だと分かっているのに、口が勝手に動いていた。
「いてくれますか?」
ほっとした顔で彼が笑う。
「どなたかに連絡は……しなくてよろしいですか?」
俺の言葉に、彼は黙って首を横に振ってから、俺を見上げて微笑んだ。
「櫻井さんは、あまりテレビとか見ませんか?」
「テレビ、ですか?」
突然変わった会話に驚いて、質問を繰り返す。
「くふふ、見てもニュース番組だけ、とか?」
「そう、ですね……テレビはあまり見ておりません」
やっぱりなぁって、くふくふ笑う。
「櫻井さん、下のお名前はなんて言うんですか?僕は、相葉雅紀って言います」
「相葉様、どうして、私と大野の名前を?」
そういえば、と思って聞いてみる。
ネームプレートを見たのかとは思うけれど、チーフと話したのは一瞬だし、名乗ってもいないのに、と不思議だった。
「僕、仕事柄、人の名前を覚えるの得意なんです。ネームプレートは必ずチェックします」
「あぁ、なるほど」
相葉雅紀……聞いた名前を頭の中で繰り返す。
ヒットしそうでヒットしない記憶。
若く見えるけれど、学生ではないという事か。
仕事の話、って事は、先ほどのスーツの男と彼とが、同じ業種という事なんだろうか。
それにしては、年齢も雰囲気もだいぶ違うけれど……
「櫻井さん?」
「はい?あ、名前……翔です。櫻井翔」
声をかけられて、名前を尋ねられていたことを思い出して、慌てて内ポケットから、名刺を取り出した。
差し出した名刺を大切そうに受け取って、櫻井さんって名前もかっこいいんですねって、そう言った彼が、俺を見上げてにっこりと笑った。