「くそ、あっちーな」
蝉の声がうるさいくらいに響く街中でネクタイを緩めた。
サラリーマンにとって、夏は過酷だ。
クールビズとか言ったって、営業先にネクタイなしで行ける雰囲気でもない。特に今日は大事な商談。
相手先の会社の近くのカフェで涼みがてら、もう1度作戦を練るつもりで早めに社を出て来たのに、カフェの座席はすでに満席だった。
「夏休みかよ」
楽しそうに話し込んでいる学生らしき女のコたちの集団にため息をつく。
とりあえず、冷たいものでも飲むか…
メニューを眺めながら並んでいたら、肩を叩かれて振り向く。
「櫻井さん、でしょ?」
独特な鼻にかかった声。
「…え…相葉、くん?」
「くふ♡やっぱり!偶然だね!俺、あそこに座ってたの!もし良かったらどうぞ」
「マジで!助かる!」
アイスコーヒーをオーダーして、相葉くんが座っている席に向かう。
目が合ったらふんわりと微笑んだ。
なんだろ、海で会った時と全然イメージが違うんだけど…
「お仕事?」
「え?あぁ、そう。これから大事な商談があって…」
ふぅん、って、頬杖をついて俺を見上げて、あ!って小さく叫んで足元に置いてある大きなカバンをごそごそ、掻き回して、はい!って俺に紙袋を差し出した。
「…え、なに?これ?」
「そのスーツなら、こっちのネクタイの方が絶対カッコイイよ」
「え!ネクタイなんて持ち歩いてんの?」
「俺ね、服飾系の学校行ってるの。これ、俺が作ったネクタイなの」
言いながら紙袋から、ネクタイを取り出して、立ち上がって俺の首元にあてる。
「うん。やっぱりこっちの方が数倍カッコいい!ね、ね、つけてみて?」
「お、おぅ…」
言われるがままにネクタイを取り替える。
「うん、かっこいい!」
ちょっと待ってねって、今度はカバンからでっかい鏡を取り出して、俺の前に置く。
「どぉ?」
「あ、ホントだ。いいな、このネクタイ」
「ふふ、でしょおー?俺と会えて良かったね!これで今日の商談はバッチリじゃん」
ぐっ!って親指を立てた相葉くんに、おぅ!って、俺も親指を立てて応えた。