智を呼びに来ただけなのに、なんで、こんなドキドキしてんだ。
これで、最後、だから?
うん、そう。
だからに決まってる。
そっと、ドアを開ければ、真っ白いスケッチブックに向かう、ちょっと丸まった背中が見える。
ふいに、右手が持ち上がる。
しゃっしゃっ...って、小気味いい音をたてて、鉛筆がスケッチブックの上を滑る。
智が絵を描いている時は、周りの音は聞こえなくなるらしい。
ずっと...小さい時から、そう。
僕は...小さい頃から、絵を描いている智を見ているのが、好きだった。
智の綺麗な手から、次々と生み出される世界が、好きだった。
僕の隣で、黙って絵を描いている智が、好き、だった...
「...泣くなよ、かず...」
鉛筆を動かしながら、智が呟いた。
ビックリして、息が止まる。
「...お前に泣かれると、どうしていいのか、わかんねぇんだよ...」
泣いてなんか、ない...
そう、言おうと思った、のに。
声が出なくて...
かわりに、零れたのは、1粒の、涙。
「絵、描いてる時は、周り、見えないんじゃないのかよ...」
「...うん。でも、かずは、分かる。かずのことだけは、わかる」
なんだよ、それ…
それって...それって、さ...
ぱちん
鉛筆をイーゼルに置いて、智が振り返った。
「...泣くなよ...」
「...さとしの、せいだ...」
近づいて、来る。
智が、僕に。
下を向いた僕の視界に、いろんな絵の具がついた智の上履きが、入ってきた。