三日月


智の家の縁に、三人の人影在りて、全く打ち解けたる有様にて、酒酌み交わしておりまする。



黒い竹林の上には、猫の目の如くの三日月が架かり、仄暗く、灯明の揺らめく炎が、それぞれの手元を照らしておりました。



「あ…和、おいらの灯明、芯が短くなってきたから、ちょっと、取ってきてくれ」

「ええ。何で私が…」

「おいらの弟子だろ」

「はいはい。分かりました。師匠」


和也は、目前の灯明手に持ちて、奥に入りますと、智の作業台の周りを探しておりました。

暫し、手探る音が聞こえ及んでおりましたれども、程なくして音止み、それでも、和也はなかなか戻って参りませんでした。



痺れを切らした智が、和也が許に参りますと、何やら、しみじみと涙致しておる様子にございます。

「和…どうした…?」

「あっ、師匠…済みません、今すぐ…」

その和也が手には、ひとつの笛が握られてありました。


「あっ…それ…」

智の言葉に、和也、笛見やり、愛おし気に手を添えて、そして、差し出しました。


「済みません。芯を探していて、見つけました。懐かしくなってしまって…」

それは、翔の君の笛にございました。
智は、笛を受け取りて、申します。


「傷の付いちゃった笛。おいら、ちゃんと直したんだよ。けど、翔の君に返しそびれたんだ。どうしたもんかな…」

「師匠!」

「ん?」

「私に頂けませんか?」

智は、静かなる眼差しにて、和也が面を見詰めまする。


「お願いします。この通り…!
この笛は、翔の君様のお心が染みついた特別な笛。
そして、雅紀の笛でもあるのです。これは、翔の君様が遠方へ旅立たれる折、雅紀が、自分だと思ってほしいと手渡した物。だから…」

和也が心は、今は離れてしまった、二人の大切な人の許へ飛んでおるようにございました。



「そうだな。翔の君が返せってゆってくるまで、和が持ってな」

「ありがとうございます!」

「勘違いすんな。あげた訳じゃねぇぞ」

「大丈夫ですよ。絶対、返せなんて仰りません」

「何で?」

「だって、雅紀が、いつだってお傍に居るのに、必要ないでしょ?身代わりなんて」

「うん…そうかもな」


二人、見詰め合いて、微笑み合うておりましたれば、縁より、何やら音の致しましてございます。