行く末


夕刻、翔の君の寝所を後にした和也は、随身の詰め所へやって参りました。



「お前、本当にのこのこついてきたんだ」

和也が声掛けたは、潤士郎にございました。

潤士郎は和也を見ましたが、何やら判らぬ、と、いった面を致しました。

「申し訳ございません。どちらのお方でございましょうか」

「和也だよ、和也!」

「え?」

潤士郎は、濃い眉を顰め、次に驚きに目を張りました。


「うっそ、わかんなかった!元服したの?!おめでとう!」

「別にめでたくはないんだよ」

「えっ?何か言った?」

「いえ。取り敢えず、ありがとうございます。それより、本気でここで働くの?あの人…主様の思惑、わかんない?」

「思惑?」


ここで、和也は他の者の目を気にするそぶりを見せ、潤士郎を庭へと誘いました。
庭には、良く手入れのされた秋の草花が、そよ風に揺れておりました。


「行き届いていて、見事な庭だな」

「ああ。だけど、大野の里の野山の方が好きだね。俺は」

「へえ。意外だな。お邸の内で、蝶よ花よともてはやされてきた者の言とは思えないね」

「嫌味な奴だな。
俺は…俺らは、この庭の草や木とおんなじなんだよ。限られた場所で、外を知らず飼い慣らされて、主の為だけに生きてるって点で、俺らはおんなじなんだ。
けど、お前や智は違う。里の草花みたいに、好きな場所で、好きなように生きれるのに、何でわざわざ…」


和也は、語りながら先に立って歩んで参ります。
その和也の目に、白い花をつける、萩の木が、夕陽に染まる様が見えて参りました。


おとなしくついて参っていた潤士郎が答えまする。


「一言で言えば、縁(えにし)ってやつかな。あの日、笛の音に誘われて巡り会えた。俺、ずっと、何かやりたいって思ってた。兄達や智みたいに、誰かの役に立ちたいって。だから…」


その時でございます。邸の内より、感じ入りたる雅紀の甘い声が、聞こえて参りました。
潤士郎は赤面致し、言葉を詰まらせまする。


和也は、面を崩しは致しませんでしたけれども、瞳は淋し気に揺れておりました。


「ねぇ、うちの主様が、智にご執心だって知ってた?」

「えっ?ご執心って、どうゆう意味…」

「どうゆうも何も…」

再びの雅紀が甘い声に、和也は肩を竦めまする。

「こうゆうことです」

「こうゆうって…だけど…だって、智は男…」

「雅紀も、俺もですよ」

「だって、あんたらは稚児…」

「智だって、恰好だけ見れば、似たようなもんだよ。髻なかったし」


潤士郎はおおきな眼を見開いたまま、ううんと、唸り、岩の如くになりましてございます。そして、はっと、顔を上げますと、「もしや」と、小さく呟きました。

「ん?何か思い当たることでも?」

「翔の君様は、毎夜、どこかへいらしていたようなのだ。里の近くのお邸に、お目に留まったお方がいらしたのだろうと思っていたのだが…」

「そりゃ、智の許へ参られてたんだな。きっと」

「だとしたら…」

「十中八九、堕ちてるね。智は」

「いや、まさか…そんなこと…」


狼狽える潤士郎の手を引いて、和也はそこを離れました。
これ以上の刺激は、潤士郎には気の毒だと思うたのでございます。


辺りには、夜の闇が、すぐそこまで迫っておりました。