映し身
次の午(ひる)過ぎ、都の邸に、翔の君が、潤士郎を従え帰っていらっしゃいました。
邸の中の、慌ただしく落ち着きのない有様に、翔の君は悪いお心持ちがなさいました。
「わしが居らん間、何があった。申せ」
翔の君がお尋ねになられましても、誰人も口籠りて語る者なく、君は、いささか気分を害され、お声を荒げて問われます。
「誰か、答えよ!」
そこへ、和也が姿を現し、申しました。
「俺が話すよ」
和也が姿に、翔の君は、毒気を抜かれたお有様にて、ご覧になられます。
和也は、後ろに控える潤士郎に目を留め、小さく舌を打ちました。
「翔の君様…否、主様。お戻り、真に嬉しく存じます。
お留守の間に何があったか…何故(なにゆえ)、俺…私めが、このような姿なのか、その訳をお話申し上げる前に、お人払いをお願いしとう存じます」
こうして、二人、差し向かいまして、翔の君は、再びお尋ねになられます。
「さて、何があった。申せ」
「雅紀が、倒れました」
「何?!真か?!」
「真にございます」
「して、容体は?!」
「今は、もう大丈夫にございます」
「そうか…だが、なぜそのようなことに…」
和也は、翔の君のお有様を篤(とく)と見ておりました。
慌て、ご心配され、安堵、そして、憤り…それらは皆、和也には手遅れに感ぜられました。
「なんで…」
「ん?」
「なんで!…もっと早く帰って来てくれなかったんですか…!」
挑むが如き和也の面に、翔の君も眉吊り上げまする。
「それがどうだと申すのだ」
「あんたのせいだ!」
「何?!」
「お約束下さいましたよね?!俺らのこと見捨てないって!」
「約束を違(たが)えた覚えはない」
「嘘つけ…」
和也、小さく呟きて、そして、再び声荒げましてございます。
「では、なぜ蛤を持って行かれたのです!それで、雅紀は…」
「それとお前達のこととは別のことだ」
「あんたは何もわかってない!雅紀には、あんたしかないんだ!そのあんたに捨てられるかもしれないって思うことが、どんだけ苦しいか!あいつはそのせいで正気を失ったんだぞ!」
「どうゆうことだ。先程は大事ないと申したではないか」
「体は…でも、気持ちが戻ってきてない…あいつには、俺があんたに見えてる」
「どうゆうことか、わかるように申せ!」
和也が面は、いよいよ厳しくなりました。
「あいつはずっと淋しがってた。俺なんかが居てもだめだった。気が付いたら、あいつは一人でどっかへ姿を隠すようんなってた。それが、あんたの寝所だった。
俺はあいつの後つけて、さすがに留守中に勝手に入っちゃいけないだろうって、連れ戻しに行ったら、慌てたあいつが物入れひっくり返した…それで、気付いた。あんたは、あの里に智を抱きに行ったんだって…!」
「和也!いくらお前でも口が過ぎるぞ。主の為すことに物申すか!」
「そうだな。俺らはあんたの所有物で、でも、あんたは俺らのもんじゃない。
じゃぁ、俺が雅紀抱いたって言ったら、どうする?壊れた道具捨てるみたいに捨てるか?」
「莫迦を申すでない!だが、それは真か?!」
「ああ。本当だ。
倒れたのはあんたが恋しかったからだ。だから、あんたが帰って来たって思わせたら、目覚めるんじゃないかって…俺があんたに代われる訳ないって、わかってたよ…わかってたけど、やってみた…やってみたかったんだ…そしたら…」
和也、苦し気に眉寄せ、目頭を熱くさせました。
「あいつは見ようとしないんだ…あんた以外何も…あいつは俺をあんただと思い込んだ。だから…」
「抱いたと申すのか…」
「ああ…!あんたが帰って来て何もしてやらなきゃ、余計に淋しいだろうが…」
「そうか…雅紀はそれ程までに…」
「そうだ。だから、雅紀は何ひとつ悪くない。不義も犯してない。
あいつは、あんたに抱かれたって、今も思ってるよ。今も俺をあんただって…。
あんたのせいだ!もっと早く…もう、遅すぎるんだよ…」
「あい分かった…和也が想いはよう分かった。お前に免じて、雅紀は咎めぬ。けれど、お前はそうはゆかぬ。周りの者への示しもつかぬ故」
「わかってるよ。もともと、そのつもりだったんだ…出て行くよ」
「そんな気はしておった。和也はわしの許より去ってゆくのだろう、と。
元服の祝いも、儀式も、きちんとしてやるつもりでおったのに…その上で、然るべく…」
「いいよ。そんなの別に。あっ、雅紀には、ちゃんとしてやってよ」
「心配には及ばぬ。だが、雅紀は今も和也をわしと思うておるのか?」
「はい」
「困ったのう」
「そうですね。…二人で一緒に顔を見せてみれば、或いは…」
「そうだな…或いは…」
「では、参りましょうか?雅紀は、寝所で待ってます」