乱れた息、整え、瞳見交わせば、そっと唇の触れ、二人が間の濃密な空気は、甘い余韻に、たゆとうておりました。




身支度を為され、お立ち去りになられる後ろ姿に、智の静かな声が申しました。


「翔の君、潤のこと、お願いします。潤は優秀な男です。きっと翔の君の役に立つ働きをします。だから、能(よ)く用いてやって下さい」


その声に、翔の君は振り返られ、智の面をご覧になり、悟られたのでございます。


智は、褥とした、土にまみれた袿(うちき)を肩にしどけなく羽織り、それ故、片方が肌蹴ておりました。
そのようなあられもない恰好をしておりますのに、そこに、色も、情もなく、只、煌々と照る月の、清らかな光そのままの雰囲気を纏いて、翔の君を見上げておりました。




わしは、智と体を重ねはしたが、心は重なっておらなんだのか…初めは拒めど、終(しま)いには、わしが手に堕ちると高をくくっておったのに、とうとう、潤士郎の影を追い払うこと、叶わなんだと申すか…!




「さらばだ…智」


翔の君は歯噛み、去ってゆかれました。




智は、重い体を引き摺り、何とか家の中へ入りはしたものの、戸締まりもできず、そのまま、夜具に包(くる)まりて、猫の如く丸くなり、眠ってしまったのでございます。