更に次の宵も何の音沙汰もございませんでした。



もう三日か。
潤は翔の君はお元気だって言ってたから、来れないんじゃなくて、やっぱり、おいら、翔の君怒らせちゃったのかな?だけど、だったら、何であんなこと…。


智は作業の手を止めて、唇に触れました。

ここのところ、何かと翔の君のことばかり想い浮かんでは、手が止まりがちになるのでございました。
そこへ、例によって、潤士郎がやって参りました。



「智、聞いてくれ」

「ん?」

「とうとう、出立の日取りが決まった!」

「えっ?いつ?」

「明後日じゃ!」

「明後日?!そんな…急に…」

「急ではない。決まっておったことぞ」

潤士郎は喜色満面にて、もう、心は都へ飛んでおるようにございます。


「智」

潤士郎は改まった顔付きを致し、咳払いをひとつ致しました。


「智、俺、一人前になって戻ってくる。だから…だから…」

思い詰めた目を致した潤士郎は、智の手を取り、申します。


「俺、智の手が好きだ。何でも器用に致す手。物作ってる手が。お前はここで、変わらず居てくれ」



智の目を見詰めていた潤士郎は、大きく腕を広げ、智を熱く抱擁致しました。


これまでと変わらぬ潤士郎の香が致します。
潤士郎は、まだ、あの伏篭は使っておらぬのでございましょう。智は慣れ親しんだ匂いに包まれ、別れの想いに胸を痛めましてございます。




潤士郎が帰り、一人になった智は、翔の君も都へ戻られるのだと、更に淋しい想いを深く致しました。



今宵も来ては下さらないのだろうか…。



黒い竹林の上に月が架かりまする。
それを眺め、独り飲む酒は、何とも味気のうございました。




またの宵は、もう望月にてございます。