黙り込み、考え込んでしまった智に、潤士郎は不安を覚えましてございます。

「もしや…智、お前、なんかとんでもない粗相をしでかしたのではあるまいな?!ことに依っては、俺がお仕えすることに支障をきたすのではないか?!」

潤士郎の最後の物言いに、智は顔色を変えました。

「そうか…そうなんだろ?!それで、ここ最近、邸の内よりお出ましになられなかったのか!」

「ち…違う!粗相なんか、おいら!」

憤慨しておりました智でありましたけれど、はた、と、思い当たりました。


「…ちょっと、失礼なことは…言っちゃったかもしんない…」

「なんと申し上げたのだ」

「翔の君をお月様だって。それから、お前を夏のお天道様だって」


それを聞いた潤士郎は、複雑な面を致しました。潤士郎の内に、困った想いと、喜ばしい想いとが湧き起こって参りました。


「智、それは、翔の君様に失礼だ。どう考えても、月より、お天道様の方が格上。俺なんかと比べること自体、失礼だけど、その申し様はお怒りを買っても仕様がないぞ」

「そうなのか?でも、そんな様子じゃなかったけど…」


智は、我知らず唇に手を触れておりました。潤士郎は、はて?この様な癖、智にあったか?などと、思うております内に、君のおわします奥へ着きましたので、お声をお掛け致しましたけれど、ご返答はありませんでした。



「また、父か、兄の所へでも参られたのだろうか…いらっしゃらないのなら仕方ない」

「うん」



されど、翔の君は、密かに二人をご覧あそばしておいででした。



「所で智」

「ん?」

「翔の君様の月は、俺にも何とのうわかるのだ。あのお方は、孤高に架かる月の如く、気高く麗しい」

「うん」

「では、何故(なにゆえ)、俺がお天道様なのだ?」

「ただのお天道様じゃなくて、夏、暑い盛りのお天道様」

「で?何故?」

「暑苦しいから」

「何だよ!俺のどこが暑苦しいんだよ!」

「顔。特に眉毛」

「何を!」



智と潤士郎は、翔の君が覗いていらっしゃるとは露程も思わず、童(わらわ)の様にはしゃぎおりました。
その遠慮のない様は、翔の君の情を怖くするに、十分にございました。



智、何としてもわしがものに致す。
そなたの心が何を見ていようとも、必ず、わしの方を向かせてみせようぞ。

君は御心に銘じるのでございました。